フラジオレット | ナノ







※ペドビッチ←津軽
























「静雄?」



 バタバタと騒がしい音がして玄関から駆けてくる足音が聞こえる。津軽はヘッドフォンを外して音の主であろう人物の名前を呼ぶが、ひっきりなしにドアを開閉する音以外に返事らしきものは返ってこない。リビングにいた津軽は一瞬、廊下を駆け抜ける金色と白黒が美しい家主の姿を見かけた。が、それ以降はドアの音ばかり。寝室の扉を開けては閉め、鍵をかけては開けと落ち着かない様子で、津軽はご近所から苦情がくるのではと頭の片隅で思いながら頭の大部分では騒音の主の身を案じていた。



「静雄、」



 名前を呼びながら廊下を歩けば、ぱたりと寝室のドアが閉まる。それからカチャリと鍵のかかる音がして、もう一度カチャリ今度は鍵の開く音がした。津軽はそんな不可解な行動の理由を"寂しさ"と名づけた。おそらく静雄は独りになりたいと思うと同時に、誰かのぬくもりを感じていたいのだろう。悲しいことに俺に人の体温というものはないが、それでも彼はこんな自分を傍に置くことで満足してくれているようだ。とても、ありがたいことに。津軽はそんなことを思いながら扉を開いた。



「静雄、静雄」



 寝室に入ると、部屋の中央に置かれたベッドの上におおきく山になったシーツがうずくまっていた。とたとたと足音を立てて近づけば、声は聞こえないものの白いシーツが小刻みにゆれていて、あぁまた彼は膝を抱えて泣いているのだ、と津軽は思った。津軽はもうだいぶ長い付き合いになる、スプリングが鈍い音を立てるベッドに乗り上げ、シーツごと静雄の身体を抱きしめる。



「今日は、あいつに何を言われたんだ?」



 そう言って頭を撫でると、ようやく静雄は声を上げて泣き始めた。いつも声を我慢するなとは言うもののこの古びたアパートの壁が薄いのも事実で、津軽は優柔不断そうに思考をふわりふわりとゆらしながらシーツを脱いだ静雄の金髪に顔をうずめる。泣き声の間に言葉が聞こえた。



「あいつは、おれが、きらいだって」
「うん」
「おれがいちばん、きらい、だから」
「うん」
「みたくないって、きえてほしい、って」



 おれが、きたないから、そう言って静雄はいっそうその頬を洪水にした。嗚咽だらけの隙間から聞き取れた言葉はひどく胸に突き刺さるそれで、いや、もしかしたら言葉自体はどうでもいいのかもしれないが彼が悲しいというからその言葉達はこの胸に突き刺さるのだろうか、と津軽の頭は相変わらず場違いなことばかりを考える。仕方がないのだ、自分はどうしようもないぐらいにこの人間がいとおしいのだから。



「大丈夫だ、静雄、なにも考えなくていいから」



 いっぱい泣いて、いっぱい寝よう。そうしておいしいものをいっぱい食べたら、きっと、また今朝のように笑えるんだから。そう言って、何度も何度も津軽は静雄の頭を撫でた。なぁ静雄、津軽は口を開く。





「俺がいるじゃないか」



 だから、ほら、安心して。





 意図的にトーンを下げた優しい声音で囁けば、腕の中の静雄の身体は次第に次第に重くなっていった。そうして最後には声も止んで、涙は流し続けたまま静雄はやわらかい寝息を立て始める。津軽は真赤な静雄の目蓋にするりと触れて、その涙を少しだけ拭った。


 ごめんな静雄。こんなぬくもりのない機械なんかでは人違いなんだろうけれど、ここには俺しかいないんだ。君が誰よりも、何よりも傍にと願うあの男よりも、俺はずっと傍にいるよ。なぁ静雄。知っているんだ、こんな言葉は君を困らせるだけなんだって事。だから、言わないよ。どんなに傍で囁いたって、君の胸には何一つとして残りはしないから。


 津軽は目を細めて、未だ流れ続ける涙を眺めていた。ココロは知らない、どうせプログラムだから。涙も知らない、その成分は知っているけれど。愛も知らない、あぁ、だけど、それでも。震える唇で、津軽は静雄の額にキスを落とした。







「静雄、静雄。君が好きだよ、」






 言葉はまるで誰かに借りたような薄っぺらさだけを残して、宙に消えた。




























(ねぇいとしいひと、おくびょうなぼくは、それでもきみをあいしているんだよ)



















始まらない片想い





101026

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ビッチたんは毎日ペド原に泣かされてると思うの…そして帰ってきたところを津軽(ボーカロイド的なサムシングなアンドロイド)に慰めてもらうんだけど、津軽はビッチたんのことを好きだから慰めるの。でも言えないから片想いは始まらないの。という話でした。



♪惨事のハニー










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