※トムさん出てきません
※フェアリー二人の会話
「どうして"好き"って、たった一言が言えねぇんだろうな」
真夜中の池袋、首都高の騒音とテールライト達が機械的な輝きを街にもたらす午前二時。こんな真夜中でも人通りは少なくはないもので、行き交う若者やサラリーマンを眺めながら静雄はガードレールに腰掛ける。隣に立つ真黒い友人はバイクを路肩に止め、一度首をかしげる仕草――もっとも彼女には首から上が無いのだが――をしてから素早くPDAに文字を打ち込んだ。
『言ってないのか?』
「…ハッキリ、とは」
まるで独り言のような小声で呟いて、静雄はちらりと背後を盗み見た。トムはまだ帰ってこない。仕事終わりの報告と着替えをするため事務所へと戻ったトムと、静雄はこの後二人で飲む約束をしている。そんな彼の帰りをそわそわしながら待っていたところに、やってきたのがセルティだった。そして、なぜだかふいにこんな話になった。
「あー、なんか、お前らが羨ましいよ」
『私と新羅がか?どうして?』
「いや、だってよ、」
静雄は苦笑した。年がら年中愛を囁く旧友の闇医者と、この首無しのデュラハンはそれなりに幸せな日々をすごしているらしい。お互いに分かり合って、信頼しあって、愛し合って。
「口にすんのって、大事だと思うからさ」
どうして俺はこんな臆病なんだろうな。
先ほどの苦笑よりも痛い笑みを浮かべ、静雄は煙草をひねりつぶした。彼を好きな気持ちに変わりはないのに、そして彼も自分を好いてくれているというのに、頭はいつでもマイナス方向へと傾いてしまう。本当は俺なんか好きじゃないとか、男だしやっぱり気持ち悪いだろうとか、考えれば考えるほど思考はどん底へ。引っ込めた腕も、震える唇も、あなたに嫌われたくなんかなくて。ぼんやりとそんなことを思う静雄の隣で、カタカタとキーを打つ音が聞こえる。
『私は、お前のほうが羨ましいぞ』
ずい、と俯く静雄の目の前に差し出されたディスプレイにはそんな文字が浮かんでいた。思わず顔を上げれば、セルティは影を連用してものすごいスピードで次の文章を打ち込んでいる。そして、もう一度ディスプレイが目の前に差し出された。
『私には愛を語る口がない。当然ながら首もない。いや、ないわけじゃないんだけど、首のないこの身体を私だとするならば、私は私だけでは愛を、言葉を伝える手段を持たない。意思の疎通なんて図れたものじゃない』
しばらくその画面を提示して、それからまたセルティは長文を打ち始めた。途中、一度だけ何かを躊躇うように影が躍った。
『だけど、それでも、私が新羅とこうして暮らせる理由は、新羅は私が思っているよりずっと私のことをわかっていてくれているからだ。言葉にしなくても、何も言えなくても、新羅は汲み取ってくれる。それが心地良いんだ』
セルティは一息つくように間をおいてから続けた。
『私が思うに、好きというものは形より何より、静雄がそう思ってるってことが大事なんじゃないかな』
静雄はぽかんとしていた。よもやこの口のない友人がここまで饒舌に恋を語るとは思わなかったのだ。そして、それは驚くほど的を射ていて。凛として、胸を張って。あぁかっこいい。それなのに、『なんだか照れるな、こういうの』と書きながらわたわたと滑稽な動きしている彼女に、静雄は思わずふきだしてしまった。
「ふっ、はは、あぁ、ありがとよセルティ。ちょっと前向きになった」
『そうか?ならよかった』
ひとしきり笑い終えた後、二人の間には穏やかな空気が流れる。静雄は呼吸を整えるように長く息を吐き出して、両足を前に投げ出した。それから、あまり星の見えない空を見上げて呟く。
「俺さ、やっぱりトムさんが好きだ。すっげぇ好きだ」
こればっかりは変わんねぇよな。
そう言うと静雄は照れくさそうに少し笑った。セルティは『そうだな』とPDAに打ち込むと、静雄の視線を追うようにして池袋の夜空を仰いだ。星がまばらな都会の夜空はやけに澄み渡っていた。
(そういうことはトムさんを目の前にして言ってくれると嬉しいんだがなぁ)
(えっ!?トトトトムさんいいいいいつからいたんすか!?!?)
(さて、私は退散するとしよう)
彼を好きであるということ
101007
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トムの日遅刻しました、さらにトムさん出てきませんでしたすみませんすみません。
声に出さなくても伝わってるよ大丈夫、みたいな事が書きたかった…はず…あれ?最近予定通りにお話が進みませんううう><