フラジオレット | ナノ





※シズヤンデレ
※静雄さんがストーカー
※波江さんごめんなさい



























 最近、俺の身の回りでおかしなことが起きている。否、おかしいのはひとつだけ、俺の恋人である平和島静雄ただ一人。身体の丈夫さに反比例するかのように、彼のメンタルが極端に弱いことは知っていた。必要以上に人間に固執する。想像以上にネガティブに考える。しかし最近のそれは、正直、常識を逸していたと思う。

 一時間に一度、メールを送ってくる。内容は大まかに分けて三種類、「どこにいる」、「だれといる」、「あいしている」。俺は律儀に返事を出した。自宅にいる、今は誰もいない、俺も愛している。何故か、このメールを途絶えさせてはいけない気がしていたから。
 歩けば必ず二つ足音がある。背後からぴったり、寸分違わぬ足取りがステレオサウンド。振り返っても、もちろんそこには誰もいない。
 壁の向こうから不思議な声が聞こえる。決まってそれは愛を囁いているらしい。本人がそう言っていた。

 俺は彼とはなるべく外で会うようにした。それも、比較的賑やかなところで。犬猿の仲とも囁かれていた俺達が一緒にいると街中から好奇の視線を集めたが、それでも二人きりで暗い密室にいるよりはマシだった。何が起こるか、わからない。彼が怖いのだ。正直。



 俺は何も考えないように、普段より多く仕事を入れた。情報屋という職業上仕事を増やすといっても、普段面倒だからと放置しておいたややこしい人間関係を引っ掻き回し、新たな人脈を引きずり出すといったような、そんなもの。まったく馬鹿らしい恐怖に取り憑かれていた俺は気付かなかった。三時間前からメールが途絶えていたこと、足音がひとつしかないこと、今日は白壁の囁きを聞いていなかったこと。その、全てに。



「…疲れた」



 マンション入り口のオートロックを開けて、エレベーターに乗り込んだ俺は思わずそう零した。今日は不思議と厄介な輩が多かった。そのため面倒な立ち回りをしなくてはならず、普段よりも精神を張り詰めていた気がする。根回しも楽じゃない、俺はそう独り言ちてエレベーターを降りた。今日は波江に鍋でも作ってもらおう、あぁでも缶詰は使わないでねって言っておかなくちゃ。俺はドアノブを捻った。



「ただいまー、」



 靴を脱いで、扉は後ろ手に押した。誰も答えるはずはないんだけど、なんか寂しいな、俺。



 その時だった。






「おかえり」






 背筋が、凍った。



 逃げなければ。波江は「おかえり」なんて言わない、逃げなければ。本能がそう告げるのに玄関の扉は閉まっていく。普段通り後ろ手に押しやってしまった事を、今更後悔。格子の向こう側、リビングの真ん中で微笑むのは太陽みたいな金色。俺の期待した闇夜のような黒髪はどこにもいない、いない。



「飯、今作ってるから」



 整った顔で彼は微笑む。リビングのカウンターテーブルには二組のフォークとナイフ。彼の手には、きらめく刃。玄関に立ち竦む、俺。今ならば、二人の間に壁がある今ならば。俺は彼の有名な池袋最強からの逃走成功率を瞬時に計算した。5%。いや、きっと、もっと少ない。



「んなとこ突っ立ってないで、入れよ」



 先ほどから、俺はぴくりとも動けないでいた。彼も、表情筋以外は何一つとして動かそうとしない。その長い足も、肉切り包丁を握り締めたその右手も。俺は引き寄せられるかのようにふらふらとリビングへと向かった。ひどく足が重い。見回してもそこは俺のオフィスなのに、何もかもが薄暗く変化して見える。靴も脱がずに、ただ彼の横へと向かう。

 俺が隣に立ってようやく満足したのか、シズちゃんは小さく微笑んで、それからキッチンに向かった。忙しなく動く彼の背中の向こうからは鼻腔をくすぐる良い香りがする。普段ならば食欲をそそるだろうその匂いにもかかわらず、俺の胃はまったく萎縮してしまっていた。

 トントン、先ほどの包丁が音を立てているのだろうか。野菜を切るにはちょっと大きすぎるんじゃない?という冗談を呟く代わりに、俺の喉からは乾いた質問がひとつだけ零れた。



「波江は?」



 ぴたり。音が全て止まる。まな板を叩く金属音も、湯が煮える沸騰音も、滴る水の音も、そんなはずはないのに、全て止まってしまったような気がした。沈黙。数秒。くるり。彼が振り向く。あぁ。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖、い。






 にこり。






「そんな女、いたか?」






 俺は愕然としながらも、ふらつく足取りでカーペットを踏みしめテーブルにたどり着いた。そうして気づいた、この部屋の空気がこんなにも薄暗く重く感じたのは窓際のデスクの上に置かれたやけに大きなダンボールのせいだということに。俺は背後から近づく足音を感じながら、ぴしゃりと音を立ててデスクから滴る真赤なそれを見つめていた。




















(きれいな果実は腐りやすいものよ、ねぇダーリン?)





















ロッテンハートに口付け





100926

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あら珍しい、静雄さんがストーカーだなんて。私は臨也さんストーカー派だったはず…でしたがシズヤンデレを書いてみたくて。出来心><
静雄さんはとなりの部屋から毎晩愛を囁いてくれるそうですね。私なら全力で歓迎する!(笑)


♪ ロッテンガールグロテスクロマンス








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