フラジオレット | ナノ





※ペドフィリア臨也×ビッチ静雄
※臨静と言うより臨←静
※静雄と子静が同時に存在する平行世界























 閉め忘れたカーテンから覗く朝日が目蓋を射す。薄いシーツ一枚で寝室のベッドに伏せていた静雄は眼球に染み渡るその眩しさに目を覚ました。冬でもないのにしん、と冷え渡る室内は空調が効いていて、部屋の中にはただシーツのこすれる音だけが反響する。静雄は隣のぬくもりを探した。ぱたり、ぱたり、数回、静雄の手のひらがマットレスを跳ねる。いない。薄目に映るのは自らの手のひらだけ。手のひら、だけ。

 静雄は寝室を飛び出した。腰の痛みに耐え、もつれる足で向かった先は洗面所。乱暴に蛇口を捻る。回しすぎて壊してしまった。とめどなく流れ出る水で、静雄は必死にその手のひらを洗い流す。ザーザー、ぱしゃり。何度も何度も、もうその手のひらの白液はとうに流れ落ちたというのに、まるで取り付かれたかのように、何度も、何度も。

 しばらくして、静雄はようやくその腕を下ろした。ぼんやりと水浸しの洗面台を見下ろして、それから目の前の鏡を見つめる。ひどい顔だ、と少し苦笑して。壊れてしまった蛇口の水は止められないからしかたない、そう諦めて静雄は寝室へと戻った。脱ぎ散らかしていた服を適当に拾い集めて手早く身に纏う。見慣れない部屋をぐるりと見回して、それから先ほどまで横たわっていたシーツを一瞥、別段整えるというわけでもなくサングラスをかけると、静雄は一夜限りの誰かの部屋を後にした。






 それまではいつも通りだった。それからが厄日だったのだ。






「げ、シズちゃん」



 家路を歩いていた静雄の前に現れた見慣れた人影。朝も早くから電柱に寄りかかって道路わきに立ち尽くしていた黒コートの男は、静雄の顔を見るなりその眉根をひそめ心底嫌そうな顔をした。それからそそくさと立ち去ろうとする男に、静雄は「待てよ」と声をかける。男はやはり顔を歪めた。しかしその足は確実に止まっている。



「…何?俺は静雄君を見守るのに忙しいんだけど」
「朝っぱらからストーカーかよ」



 相変わらず変態だな、と悪態を吐いて臨也を見やった。臨也は背後を通る登校中の学童の列を気にしながら、似たように悪態を吐き返す。



「そっちこそ朝帰り?またどっかの男に足開いてたんでしょ、ビッチ」
「だったら、何だ」
「別に?どうでもいい」



 視線は相変わらず道路の向こう側を見たまま、反吐が出るよね、と慣れたセリフを口にする。幾度と知れず繰り返されたやり取りだった。一桁の人間、つまり児童や幼児に異常性愛を示すペドフィリアである臨也と、乞われれば誰とでも性行為に及ぶ売女にも似た静雄、互いに罵り合うには充分すぎる性癖を持っている二人。ただひとつ奇妙のは、そんな静雄が好いているのがこの折原臨也という男であり、そして臨也はそのことを知っているという事実だった。



「あーあ、ホント気持ち悪い。どうしてこんなのが静雄君とおんなじ顔してるのさ」



 世の中って理不尽で不平等。そんなことをぶつぶつ呟きながらも、臨也はちらりとも静雄のほうを見ようとはしない。過去に「ビッチなんか見てたら俺まで汚れちゃうでしょ」と言われたことを思い出し、特に気にかけるでもなく静雄は無言でその場に立ち尽くしていた。



「あ、静雄君だ。今日もかわいいなぁ、静雄君は。あの半ズボン、たまんないよねぇ」



 大通りの向こう側、登校する児童の集団の中に昔の自分の姿を静雄は確認していた。誰と話すわけでも、誰と共に歩くわけでもなく、彼はただまっすぐに通学路を見つめている。変わってしまうものだ、とつくづく思う。

 ふいに、臨也がこちらを振り向いた。



「いつまでそこにいる気?あいにくだけど、俺は君の逆レイプごっこに付き合う気は毛頭無いから」
「…別に、犯しはしねぇよ」
「じゃあ何?出来れば早く消えてくれると嬉しいんだけど」
「……別に、」


 そんなんじゃねぇ、ただ。静雄は言い淀んだ。



 ただ、お前の話を聞いているだけでいい、お前の夢の捌け口でかまわないから声を聞かせていてほしいのだと、言えばきっとこの男はさらに言葉を鋭くするのだろう。その言葉がどれほど俺の胸をえぐるのか明確に知った上で、お前はそれを容易く吐き出すのだ。俺の心など、世界の何よりも関係が無いという顔をして。そう思うと、静雄は何も言えなかった。



 疲れたのだ。傷付くことにも、希望を口にすることにも。自分はどうしようもなく恋焦がれているというのに、目の前のこの男は自分のことなど毛の先ほどにも思っていないという事実にも。身体の疲労感も相俟って、その時静雄は視線を伏せることしか出来なかった。



「…まぁ、どうでもいいや。俺は犯される前に退散するから」



 じゃあね、そう言うと臨也は何のためらいもなく角を曲がって消えて行ってしまう。大通りにいた児童の群れはいつの間にかいなくなっていて、あぁそれであいつはすんなり帰ったのだと気づいた静雄は、自分がどうしようもなく泣き出したい衝動に駆られていることに気づいた。しかし何故だか涙は出ないまま、まるで何事も無かったかのような顔をしてサングラスの淵を押し上げ、そのまま帰路に着いたのだった。
















「変わった、な」



 ベッドの淵に横たわり、静雄はぽつりと呟いた。今や成長してしまった大きな手のひらを見つめて、溜息。小学生の自分は今より二十センチ、いや三十センチは小さかった。折れそうな細い腕をしていた。ふくよかな丸い輪郭をしていた。まっすぐな瞳を、していた。

 静雄はのろのろと起き上がり、自宅の洗面台に立った。鏡を見つめる。そこには金髪の、サングラスをした、どう見ても成人の男性が映っているだけだった。静雄は無言のまま、帰りがけに寄った薬局の袋を開く。スプレー缶の外装を乱暴に取り剥がし、説明書も見ずにそれを頭に吹きかける。数秒後、静雄の地毛によく似た茶髪が出来上がった。大雑把にふりかけたものだからスプレー飛沫はそこら中に散らばっていて、ところどころ下の金髪も覗いている。静雄はサングラスを取り外した。そうして鏡の中の自分を見つめる。



「……は、馬鹿馬鹿しい」



 こんなことをしても彼の好きな自分に戻ることなどできやしないのに。静雄は苦笑した。眉根を下げ、情けない顔をした自分は幾分か若く見えたが、それでもその体躯が全てを裏切って年齢を主張する。こんな馬鹿みたいな行動をしてしまう自分が情けなくて、どうしようもなく心が痛んで、それでも彼を好きだと思う気持ちがおかしくて、静雄は堰を切ったように笑い出した。笑い声は狭いバスルームにうるさいぐらいに反響していた。ぽたりと落ちた雫は、見ないふりをした。
























こうして僕らは  
大人になるのです




(かわれないままのわたしを、どうかいまだけはゆるして)









100917

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初書きペドビッチ。ついったーで有名な某ペドフィリア臨也さんと某ビッチな静雄さん。設定はそちらから輸入させていただいています。



♪ シンデレラ








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