フラジオレット | ナノ





「はいこれ」
「…何だ、コレ」
「薬だよ」



 見れば分かるでしょ?おどけたようにからかうように臨也がそう言えば、静雄は盛大にその表情に嫌悪を貼り付けた。手渡されたのはカプセル二つと粉薬。粉薬は一般的な白、カプセルもひとつは一般によく見る風邪薬のそれに酷似していた。ただ、もうひとつはグロテスクなほど真赤に光るカプセルだった。まるで塗りすぎたマニキュアのように鈍い光沢を放つ大きめのカプセルは、そのまともでない中身の存在を否が応にも主張している。



「ほら、飲んでよ」



 トン、目の前に水の入ったグラスが置かれる。静雄は薬と臨也を数回視線で追うと、その鋭い視線でキッパリと"疑惑"を訴えた。それを冷ややかな眼差しで見下ろしながら、臨也は口を開く。



「毒だと思う?ソレ」



 ご丁寧にも静雄の手のひらの赤を指差して、臨也はそう問うた。静雄は目の前の男の腹の底が全くの暗闇であることを知り、そうしてなおも目を凝らす。



「じゃなかったら、何だよ」
「ソレね、シズちゃんを人間にしてくれるありがたーい薬だよ」



 ぴくり、静雄の肩が反応する。どういう意味なのか、未だにその全貌はつかめないが、静雄には全くの暗闇にろうそく一本の灯火が立ち上がったようにも思えた。ごくり。生唾を飲み込む。興味がある、と告げている。



「筋弛緩剤の一種でね、シズちゃんの馬鹿力を人間程度まで抑えてくれるんだって。副作用は、今のところないって。でも詳しいことは知らない」



 ぶっきらぼうに言い捨てて、臨也は視線を横へとずらす。それ以上の詮索は無駄、とでも言うようにぶちりと切られた文末。今の静雄には飲むか飲まないか、その中でしか行動することは許されていないようだった。臨也の赤い瞳にカプセルが映りこんでいる。



「どうする?」



 にやり、臨也はそんな風に笑った。静雄は何も言わないままグラスの水を数秒に見つめた後、薬を全て手のひらに出し、一気に食堂の奥へと流し込んだ。それから別段普段と変わらない動きでグラスを手に取り、一気に煽る。白い喉が数回上下して、液体は不純物と共に胃の底へと落ちていった。それを満足そうに見届けて、臨也がその口元の笑みを大きくする。



「効くなんて保証はないけど」



 笑ったまま、そう、深く溜息をついた。



「化け物と人間は、残念ながら相容れないからね。そう一般的に囁かれているし、世もそうあるべきだ。化け物になれない人間の俺は、いとしい怪物を果たしてどうするか」



 わかるよね、臨也は笑う。静雄は朦朧としていく意識の中で、その端正な顔をどうにか捉える。



「引き摺り下ろすんだ。化け物を、同じ、人間の土台に」



 ガタン、静雄が椅子から崩れ落ちる。冷たいフローリングに頬を打ちつけ、じん、とした痛みが数秒だけ骨に響いた。無様にも地面に倒れこんで細い息を吐く静雄の横に膝を着いて、臨也は慈しむ様にその金糸を撫でる。それから空いた手で静雄の左手を取ると、何もないその薬指に口付けを落とした。盛大なプロポーズをすることにしよう、臨也は心中でそう独り言ちた。



「ねぇ、もし、シズちゃんが俺みたいな弱い人間に成り下がった時には、」



 臨也は一呼吸おいて、それからまっすぐに微笑む。






「その時には、俺と一緒に首を括ってくれる?」






 揺れる瞳を隠すように、静雄の目蓋はゆっくりと落ちていった。





















(その一言が呼吸を止めるほど嬉しかったなどと、どの口ならば言えただろうか)





















シナノキで首吊り





100917

……………………

シナノキの花言葉は「夫婦愛」だそうで。三本ほど没にしたえらい難産作品でした…彼らの音楽はいい意味でカオスだから。(苦笑)



♪ ハイパーベンチレイション








- ナノ -