フラジオレット | ナノ





※臨也視点
※なんか長い






















 拝啓 

 立夏の候、なんて、分解すれば0と1の世界でしかない簡易メールでかしこまったところで何も始まらないし、出来れば手短に済ませたいから省略するけど。それでもマジメぶってみたかったのは、今から君に伝える言葉を少しでも君の胸に染み込ませたいから。嘘ばっかりだし、人を騙して傷付けてばっかりの俺だけど、コレばっかりは嘘じゃないからちゃんと聞いてほしい。ホントはこういうのって直接会って伝えるものなんだろうけど、俺だって人並に臆病なんだ、ごめんね。好きなんだ、シズちゃんのこと。コレは友人としてじゃなく、人間としてじゃなく、もちろん君を騙すための嘘としてでもなくて。愛してるんだ、シズちゃんのこと。寝ても覚めても君のことばっかり、なんて少女マンガみたいだけど、本当に起こり得ることだったんだね。もしかしたら君には伝わらないかもしれない。というか、ディスプレイに俺の名前が表示されただけで君は画面を握りつぶすんだろうけど、伝わらなかったならそれでいいと思う。コレは、賭けだ。もし、一ミリでも、シズちゃんが、俺が君を想うように、俺のことを想ってくれてるなら、俺はその可能性に賭けてみたい。断るんなら返事は要らない。いつもみたいに携帯を叩き壊したら良い。きっと、俺の気持ちも一緒に流れてくれる。…短くしようと思ったけど、長くなっちゃった。それじゃあね、愛してるよ。

 敬具









 なんて、馬鹿みたいな、というかどう考えても頭の沸騰したメールを送ったのが二時間前。何を考えていたのかこの頭は酷く幼稚な言葉の羅列を繰り返し、打ちにくい携帯のキーを押し続けた挙句の果てに気がついたらそのメールは送信済みボックスにダイブしていた。まったく意味がわからない。なぜ、自分は今更こんなことをしたのだろうか。彼を想う愚かな心臓はたった今目覚めて躍動を始めたというわけでもないのに。

 高校だ。新羅に紹介されて初めて彼をこの両目で確認した瞬間、アレは懐かしい高校時代のことだった。当時既に目立つ金髪姿だった彼は標識でもゴールポストでも手当たり次第に凶器にして真黒い人の波を次々に吹き飛ばしていった。その際、暴走列車のような彼の瞳が、一瞬だけ俺を捉えた瞬間があった。あぁ、あれはまるで、飢えた、乾いた、欠落感をまとった、交差した視線から全身の水分を奪い取られていくような、そんな瞳だった。単純に言えば、俺はどうしようもなく惹かれてしまったのだ。あの、瞳に。

 返事は期待していなかった。自分で書いても虚しかったが、彼が、あの理屈をこねくり回す人間が大嫌いな彼が、本当ならば一行で済む用件なのに妙に言い訳を重ねて自分が傷つかないようなオブラートに包みあげたあの腹立たしい文面を、最後までおとなしく咀嚼できるはずなどない。そういう風に書いた。それすらも俺を守る緩衝材だったのだ。



 俺は椅子から立ち上がる。今日は波江もいない、適当に冷蔵庫の中から食べられるものでも探してご飯にしよう、そう思った。こんなくだらないことに思考を働かせていないで、さっさと栄養を取って休息を取って明日の仕事に備えるべきだ。職業柄あまり人には良く思われていないから、街中を寝不足の頭でふらつくわけにはいかない。人生、何が起こるかなんてわかったもんじゃない。そう思った。



 ピリリリリ、



 びくり、肩が震える。なんでもない、それは机の上に乗った俺の携帯。冷蔵庫のドアに手をかけたところで鳴るもんだから、完全に油断しきっていた。あぁまったく心臓に悪い。誰だ、公園の男か?路地裏の売春婦か?ゲーセンのヤンキーか?それとも情報源にもならない誰かその他なのか?俺は半ばイライラしながら足早にリビングに赴き、携帯を手に取った。



 受信メール一件



 白状するよ、俺の心臓が跳ねた。スリーテンポぐらい飛ばして、心臓がスキップした。震える指先はメールを開く。あぁ神様どうか。いけない、俺は無神論者だった。





From:平和島静雄
件名:Re:

わかった。





 わかった。わかった。わかった。わかった?

 まって俺がわからない。馬鹿シズちゃん、俺はメモリナンバーと通話ボタンを押した。ワンコール、ツーコール、スリー、カウントの前で彼は電話口に現れた。



『……なんだ』
「聞きたいのはこっちだよ」



 何あれ、わかったって、意味わかんないよ。

 胸につっかえるなにかを感じて、俺はうまく喋れないでいた。憤りがそのまま喉の裏側に張り付いた感じだ。苦、しい。



『だから、お前の言いたいことはわかったって』
「わかってないよ、シズちゃんはぜんぜんわかってない、一ミリもわかってないんだ」
『臨也、』
「嘘吐かないでよ」



 掻き回すだけならやめてほしい。君ならこの気持ちごと捻りつぶして燃えないごみの日に捨ててくれると思っていた。思っていたのに。



『…返事、打とうとした』
「は?」
『でも、なんて返したらいいのか、全然わかんねぇんだ。何回打ち直しても全然頭がまとまんなくて、そしたら、もしかして、お前の長ったらしいメールも同じなのかもしれないって』
「…シズ、ちゃん」



 俺が待ち惚けていた二時間、彼はない頭を必死で捻って、足りないボキャブラリーを必死で繕って、そうして俺に返事を打とうとしていた。細かい作業など慣れない震えるその指先が俺を想って、俺のために動かされていたその瞬間を想像して、俺はどうしようもなく駆け出したい衝動に駆られた。彼の声は泣き出しそうだった。

 ガタリ、どこかで何かが音を立てる。それだけで俺は携帯を投げ捨てて、走り出して、玄関へとまっしぐら。



 君も同じなら、一緒なら、もしかして、もしかして。



「シズちゃん、」
「………なんだよ」



 開け放った扉の向こうで座り込んでいたのは金髪、今にもへし折りそうな勢いでオレンジ色の携帯を握り締める彼は、とても、とてもいとおしかった。








「愛してるよ」
「……俺、も」




















(沸いてくれてありがとう、俺の頭!)


















電子が伝える恋心













100815

……………………
沸いてるのは私の頭ですすみません。なんだかお祭り行ってからエロが書きたくて書きたくて反動で青春みたいな甘いものを書くことにあれ…?

にしても甘い…きっとこの二人は静雄と臨也の皮を被った別人(苦笑)








- ナノ -