フラジオレット | ナノ






※ネコ耳シズちゃん



















「じゃじゃーん」
「……なんだコレは」
「猫耳だよ、シズちゃん」



 知らないの?と首をかしげる臨也を殴り飛ばしたい衝動に駆られたが、未だに差し出された鏡が映す自分の姿が信じられず、静雄はわなわなと唇を振るわせるだけにとどまっていた。



「…何で、こんなもんが俺の頭に」
「ソレはさっきシズちゃんが食べたショートケーキにヒントが隠されてまーす」
「…テメェ、なんか盛りやがったな」
「大正解」



 にやにやと笑う臨也を、静雄はやはり殴り飛ばしたい衝動に駆られた。
 静雄は今日に入って既に三回おなじ衝動に駆られている。一度目はドアを開けたら臨也が満面の笑みを携えて立っていた時。この時は右手に掲げられた洋菓子屋の箱に思わず目を奪われてしまったせいで思いとどまってしまった。二度目は先ほど。現状把握に必死な脳が右腕への指令を出し損ねたせいで殴れなかった。三度目は今。今回は、臨也に差し出されたケーキを何の疑いもなく食べた自分のふがいなさを呪うのに忙しくて溜息しか出なくて、今回も衝動は実行されないまま蓄積されていくのだった。



「すごいでしょ?こういう世界はご都合主義なお薬が溢れてるからね、シズちゃんの頭に猫耳を生やすぐらい朝飯前ってことだよ!」
「とりあえず、死ね」



 朝飯前に食べてしまったおやつのようなショートケーキに新たな黒い耳を生やされてから数分、静雄はようやくその目に普段の凶悪な色を浮かべることが出来た。ギロリと臨也を睨みつけて、それから反射的に右の拳を彼へと突き出す。しかしそれはコートのファーをかすっただけで、ヒラリと交わした臨也は間合いを詰めた。



「せっかくだから、楽しんでからね」
「っ、!!」



 頭上の耳元で囁かれ、臨也の息が耳に当たるたび静雄の背中が震えた。それを見てさらに口元をいやらしく歪めた臨也は、おもむろに人差し指を薄く毛の生えたピンク色の内部へと滑らす。



「ぅ、あっ!」



 酷くくすぐったいような、例えるならば内股をなぞられるような嫌な感覚に思わず声を上げる。腰が抜けそうになるその感覚に耐え、静雄は何とかして臨也との間合いを取った。もちろん、新しい耳を両手でしっかりとガードしながら。



「ふふ、逃げたって無駄だよ」



 数歩向こう側で不敵な笑みを浮かべながらそう言い放った臨也は、おもむろにコートのポケットに手を突っ込んだ。危ない薬第二段でも出てくるのかと警戒していた静雄の目の前に現れたのは、今の静雄には非常に危険な、ソレだった。



「じゃーん!」
「っ、そ、いつはっ!」



 勢い良くポケットから取り出されたソレに、静雄は思わず目を見開いて反応してしまった。臨也の手の先でゆらゆらと揺れるソレを見つめながら、静雄は飛び出したい衝動を押さえ込む。ピンクい棒の先でふわふわとした先端がゆれるソレ――ねこじゃらしは、静雄の視線を捕らえて放さなかった。



「ほーらほらシズちゃん、こっちおいでー」
「くっ…ち、くしょう!」



 目の前で小刻みに揺らされれば、意思に反して身体が動く。差し出されたものを掴もうと手を上げれば引っ込められ、ソレを追えばまた別の方向に引っ込められ、いつの間にかねこじゃらしに夢中になっていた静雄は、ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべる臨也に実に良い様に踊らされていた。



「あっははは!かわいーなぁ、シズちゃん」



 なおも上機嫌でねこじゃらしを振り続ける臨也。いつまでたっても捕まらない物体に、静雄は少しずつ苛立ちを募らせていた。ひゅ、ひゅ、と拳が空を切る音ばかりが響く。あぁ、畜生!ブチリ、何かが千切れる嫌な音に次いで、静雄が本日最大とも思える渾身の力を込めて、拳を繰り出した。



「くそっ、逃げんなぁぁッ!!」



 バキ



「え」



 突然感じた手ごたえ。しかしソレはふわふわとしたやわらかいものではなく、何か硬い、骨のような。気付けば臨也の身体が宙を飛んでいた。同時に、手からねこじゃらしが滑り落ちる。



「捕まえた!」
「あだっ!!」



 ぱしり、静雄が空中のねこじゃらしをキャッチし歓喜の声を上げると共に、ゴン、臨也が後頭部を机の角に強かにぶつけ、悲鳴を上げた。



「い…ったいよシズちゃん!」



 鈍い痺れのような痛みを後頭部に感じながら臨也は身体を起こす。添えた左手で頭をさすりながら恨めしそうな視線を静雄に向けたが、当の本人はきらきらした顔でねこじゃらしを握り締めている。恋人が頭をぶつけて痛い思いをしているのに知らぬ顔でねこじゃらしに頬を摺り寄せている静雄に眉をしかめながらも、臨也の手元では携帯が乾いた連写音を響かせていた。抜かりない。

 臨也のほうを見向きもしない静雄に、臨也はのそのそと近づいていく。近づけばおもちゃとじゃれている静雄がゴロゴロと喉を鳴らす音が聞こえてきた。目の前でふわふわの黒いしっぽが揺れている。臨也はためらわなかった。






「えいっ」
「うにゃぁあ!?」






 時が、止まった。
 …ような気がした。




「……………」
「……………」



 しばらくの沈黙。臨也は相変わらず黒いしっぽを掴んだまま硬直しているし、口元を押さえて顔を赤くする静雄はだらだらととめどなく冷や汗をかいていた。


 おそるおそる、静雄が振り返った。真っ赤な唇を両手で塞いだまま、見開かれた目には涙を溜めて。ばちり、視線が交差する。そうしてようやく、臨也が動き出した。するすると、親指の腹でしっぽの先端をゆるく撫で始めたのだ。ぴん、としっぽが立ち上がる。



「んぁっ、にゃ、あ、やぁ」



 ふわふわした毛の隙間を縫って臨也の指が移動するたびに静雄の指の隙間から甘い声が漏れる。びくり、びくり、と背骨を震わせながらこぼれる声はいつものそれと違い、時々「にゃ」とか「みゃ」とかかわいらしい鳴き声混じりのものだった。



「…ヤバイよシズちゃん、それすっごい興奮すr」
「やめろっつってんだろおおぉぉ!!!」



 バキ。
 あぁ、デジャヴだ。

 そう思った臨也が次に驚いたことには、何故か自分のセリフにもうひとつ音が被さっていたことだった。



「「いっ」」



 あれ?と臨也は疑問に思った。そういえば、結構強く蹴られたのに身体が飛んでない。



「…ってぇ、」



 見ればぼやけた瞳と目が合った。目にいっぱいの涙を溜めて、溢れたそれは俯いた静雄の瞳からぽたぽたと雫になってフローリングをぬらしていく。泣いた。シズちゃんが泣いた。
 あ、と短い声を上げると同時に、臨也は自分が未だに彼のしっぽを掴んでいることに気付く。蹴られた衝撃で反射的に強く握り、そのおかげで臨也は後方へ吹っ飛ぶことがなかったのだ。自分にはしっぽが生えていないからわからないがかなりの痛みを伴うらしく、静雄は紅潮した顔を歪めてぼろぼろ泣いている。

 う、わ、やばいねコレ、さっきからずっと下半身がテント張ってるんだようわぁヤバイ。そう心の中で独り言ちて、臨也は静雄の頬を撫でた。



「ごめんごめん、泣かないで」
「いっ、てぇんだよ、このノミ蟲野郎」
「はいはい俺が悪かったって。だからヤらせいたっ」



 臨也の失言に、やはり手が出た。俺今日何回殴られたんだろう、と思いながら、臨也は意外にもゆるく平手打ちされた頬をさする。静雄は臨也を睨みつけながら一言だけ言った。



「…しっぽ引っ張ったら殺す」
「…わかったよ」



 はぁ、とわざとらしく溜息をついてから、臨也は静雄の手を引き寝室へと向かうのだった。


























(大人しくついてきてくれてるのはきまぐれ、かな。猫だし)






















にゃんにゃんしましょ。















100728

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タイトル思いつかな過ぎて泣ける今日この頃。見れば見るほど酷いなこれ…(苦笑)
尻尾やら耳やらが性感体はもはや王道ネタ(笑)珍しくシズデレエンド!



>>彩花さん
リクエスト上がりました遅くなって申し訳ありません…!静雄猫化とのことでしたので耳としっぽを生やしてみましたがあれもしかして完全猫化という意味でしたか…?理解力低くてすみませんすみません…!お持ち帰り自由ですので煮るなり焼くなりお好きなようにどうぞ!

リクエストありがとうございました!









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