フラジオレット | ナノ




※静雄さんが最後までいない
















「だからー、シズちゃんとの一周年記念、何がいいかなって」
「兄さんとの、ですか」



 急に楽屋まで訪ねてきたと思えば何を言い出すのだろうこの人は、と幽は取り落とした台本を拾いながら至極冷静に思った。普段まったくと言っていいほど表情を表に出すことのない幽が物を取り落としたのだから、彼の兄へ対する関心の強さが伺える。そんなことを頭の隅で思いながら臨也は口端をゆがめた。拾い上げた台本の埃を払いながら幽はしばらく考える素振りをした後、臨也に向き直り口を開く。



「そうですね、俺としてはあなたが兄の前から消えてくれるのが一番だと思います」
「即日却下するよ」



 幽の提案をコンマ一秒で遮る臨也。幽はふい、と臨也から視線を逸らすと、どこか遠くを見るような目で言う。



「もちろん、今あなたが消えてしまっては兄さんも悲しい思いをすることになるのでそんなことは言いませんが」



 向こうの方を見たまま淡々と言う幽に、臨也は数回瞬きをし、それから溜息をついた。ホント、彼は表情が読めなくて困る。冗談を言うような性格じゃないから俺がシズちゃんに好かれてるって認識されてることに間違いはないんだろうけど。現状の臨也を少なからずも喜ばせる、敵に塩を送るようなその行為に少し動揺したまま、臨也は幽の横顔を見つめていた。



「そうですね、それなら」



 急に、幽が振り向いてこちらに歩み寄ってくる。人間らしくない人間を苦手とする臨也は一瞬身構えたが、つい先ほどの「消えてもらっては困る」という発言を思い出しその可能性を捨てた。まさか彼に首を絞められるなんて、そんなこと、



「こんなのはどうですか?」
「え、」



 突然、ぐらつく足元。油断したその一瞬の隙に、幽は鮮やかな手つきで臨也の首と、それから手首にロープを巻きつけていた。どこから出したんだ、と言う軽口もたたけないまま、臨也の顔から血の気が引いていく。



「…何の、つもり?」
「いえ、少し前に兄さんが持っていたAVがこんな感じだったなぁ、と」
「はぁ?」



 素っ頓狂な声を上げてしまった。涼しい顔で臨也の正面に向き直る幽と、縛られたまま困惑した顔をし続けている臨也。傍から見ればさも異様な光景だっただろう。首と両手を繋ぐ形でロープを回され、後ろ手に青い顔をしている臨也は引きつった笑顔を浮かべながらも口を開いた。



「…何、シズちゃんってAVとか持ってるの?」
「まぁ、兄さんも男ですし」
「というかなんでそんなこと君が知ってんのさ!」
「兄さんのことで俺が知らないことはないですよ」



 無表情のまま言い放つ彼にこめかみあたりが引きつるのを感じながらも、情報屋として知らない情報を突きつけられて反論も出来ない。シズちゃんのことは、俺が一番知ってると思ったのに。はぁ、と深い溜息をひとつ吐いた。



「兄さんこういう緊縛系が好きみたいですし、案外いいんじゃないですか?」
「…遠慮しておくよ。やるのとやられるのじゃワケが違うしね。というか、早く解いてくれない?」
「あぁ、すみません、つい」



 そう言うと幽はあっさりと臨也を開放した。つい、の言葉の続きが気になったが、臨也はそれを振り払うように幽に背を向けると一度だけ肩をすくめてから歩き出す。



「やっぱり、自分で見つけることにするよ」



 じゃあね、と言い残して、臨也は迷いのない足取りで出て行ってしまった。ぱたり、ドアが閉まり、静かになった楽屋を見回してから、幽は相変わらず無表情のまま呟く。






「あなたがすることなら、兄さんはなんでも嬉しいんだと思いますよ」



 非常識なことさえしなければ、ね。






 あえて伝えなかったその言葉は、やはり心のどこかで兄を奪っていった臨也に嫉妬していたのだろうか。未だに、どうして兄さんはあの人を好きになったのだろう、と何度も頭を悩ませる幽は、悩むたびに同じ言葉を繰り返していた。そして、数秒後、今この楽屋にも同じ言葉が反響する。






「兄さんが幸せなら、俺は幸せだよ」







 今度お祝いにプリンでも送っておこう、そう思って幽は携帯画面に映る兄の顔をみながら微笑んだのだった。
























(兄さん、同棲一ヶ月、おめでとう)
(ばっ、幽、は、恥ずかしくなるからそういうのは…)
(プリンだから、二人で食べてね)
(え、ホントか?さんきゅ、幽)
(どういたしまして)






















きみと愛するおとうとくん。





100630

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か、幽は手強かった…。(汗)
表情の表現が全く書けないというのは恐ろしいということを実感しました(笑)サブタイトル的には「きみと(君の事を過剰なくらい)愛するおとうとくん」でした。しかし、ナチュラルに静雄が待ち受けの幽は臨也化し始めているのかもしれないですね何それこわい。


お次はやちさん!話がまったくと言っていいほど進展してなくてゴメンよ!(笑)










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