フラジオレット | ナノ




 パステルカラーの内装に飾られた草花や絵画。白熱灯ではなく暖色の蛍光灯が演出する柔らかな光が店内の雰囲気を薄ぼんやりとさせる。眠りの淵に似たその感覚の中に置かれるいくつものアンティークな食器とテーブル。白いテーブルに金属椅子のこげ茶色のコーティングが映え、二つのコントラストが絶妙にシックな空間を演出していた。

 そんな甘い甘い雰囲気の中に、二人はいた。



「おいしい?」
「ん、」



 尋ねればフォークを咥えたまま、さらりと流れる金髪を上下に揺らして肯定する。それを黒髪の男が片肘をつきながら満足そうに見つめ目を細める。夢中で甘味をほおばるその頬についていたクリームを指で掬い取り、男はくすくすと笑いながらそれを自身の口元へと運んだ。傍から見れば幸せそうなカップルに見える。そして、そんな"男二人組"がカップルに見えてしまうという異常な光景が、通路を歩く女性を振り返らせ、隣席の女子高生にひそひそ話をさせていたのだった。
 臨也は自身の目の前に置いてあるガトーショコラを一かけらすくい、口内へと運んだ。



「俺はそんなに甘い物好きじゃないけどね、シズちゃんが幸せそうなら何だっておいしく思えるよ」
「ソレ、うまいのか?」
「…スルー?」



 静雄は自分の皿から視線を上げて臨也の手元の皿を見ていた。ニコニコしながら言った殺し文句だったが、目の前のケーキやらプリンやらに夢中な彼の耳には"おいしい"の部分しか届いていなかったようだ。しかしまぁ、これほど何かに夢中でなければ、静雄が臨也と同じテーブルに着いて会話をするなどということはありえないことだろう。
誘ったのは臨也だった。「近所にケーキバイキングの店ができたから一緒にいかないか」と問うと、"一緒に"の部分を聞く前に「行く」と目を輝かせて誘いに乗ってきた。池袋最強なんていわれているが意外にも甘味に目がないこの男と"デート"に近い何かをするにはソレしかない。(まぁ、普段家に行けばセックスだの何だので忙しくてゆっくり恋人同士っぽいことなんてできないしね。)予想通りひとつ返事で着いてきた男をいとおしく思っていれば、他の女性客などの好奇の視線など、臨也にとっては痛くもかゆくもないものだった。



「食べてみる?」



 濃いチョコレートカラーのケーキを手に持っていたフォークに小さく取り、静雄の口元に運んだ。こんな行動をすれば、普段なら顔をしかめるやら拒絶されるやらで主に臨也が苦い思いをすることが多いのだが、今日ばかりは甘い誘惑に負けた静雄が素直に口を開く。そのまま身を乗り出して、ぱくり、と静雄がその一切れをほおばると、右隣から小さな悲鳴が聞こえた。その声と同時に、静雄が顔をしかめる。



「苦ぇ」
「言ったでしょ、俺はそんなに甘いもの好きじゃないって」



 手元のブラックコーヒーを一口飲み、臨也は呆れたように呟いた。口直しのように手元のプリンに手をつけていた静雄はふと、何かに気付いたようにその動きを止める。それから行儀悪くスプーンを咥えながらじーっと臨也の顔を見つめ始める。視線に気付いた臨也が「何?」と顔を上げると、今度は向かいに座っている彼がばつが悪いというように視線を下げた。



「どうしたの?」
「いや…お前、甘いもん好きじゃないんだろ?」
「そうだけど…それが?」
「………その、悪かったな」
「は?」



 カラン、と空になった水色の容器の中にスプーンを落とすと、静雄は謝罪の言葉を口にした。臨也も思わず口にしていたコーヒーをソーサーの上に戻して、少し節目がちになった静雄の顔を凝視する。手持ち無沙汰になった彼は、おずおずとココアが注がれたマグカップを手に取ると、そのカップで半分口元を隠しながらかすれた声を上げた。






「……今日、つき合わせて、悪かった」






 ずず、照れ隠しのようにココアをすすって、静雄は行き場のない視線を右に左に忙しくさまよわせていた。

 面食らったのは臨也の方だった。どうやら彼は先ほどの臨也の口説き文句も、そもそもここに誘ったのが臨也だったということも忘れ去っているらしい。それで自分ばかりが幸せであるこの状況に負い目でも感じたのだろう。先ほどの言葉で静雄はようやく臨也が甘くないケーキを食べていることや、ブラックコーヒーばかりを飲んでいることに気がついたのだ。

 目に見えて萎縮する静雄に対し、臨也は口元を綻ばせた。



「ふふふ、」



 それから、大声で笑い出す。



「あっははは!」
「な、お前、」
「ったく、シズちゃんってホントにバカだねぇ」
「っ、んだと!?」



 ストレートにけなされた事に対して静雄が血管を浮かび上がらせようとした、その時。






 唇に、何かが触れた。






 半分椅子から立ち上がったままぽかんとしている静雄は、周囲の黄色い悲鳴やざわめきをどこか遠くの存在のように聞いていた。目の前の臨也は相変わらずの満面の笑み。



「あのねぇ、シズちゃん」



 ガタリ、今や頬杖をついている臨也の、ついさっきの行動が未だに把握できない静雄は、只々その場に硬直する。視線だけなんとか臨也を追うと、彼の射抜くような真紅の瞳に捉えられて。なおさら動けなくなった静雄に臨也は微笑みかけると、いつもどおりの彼を小馬鹿にしたような口調で囁いた。






「甘いものが好きだろうが好きじゃなかろうが、俺はシズちゃんがいればそれでいいんだよ」





 俺は好きでシズちゃんとここに来たんだから、それでいいの。






 好きで、だなんて。静雄はそう思った。
 人に命令されるのが嫌いで、人が思い通りにならないのが嫌いで、何より意味もなく人に付き合い合わせるのが大嫌いなはずの彼が、自分に付き合って好きでもない甘味を共に食べに来たのだ。それなのに、この男は自分が好きでここに来たと言う。どんな心境の変化かと目を丸くしながら、静雄は紅潮していく頬を止められないでいた。

 その光景に機嫌を良くした臨也は、なんともまぁ、余計な一言を呟いた。



「まぁ、シズちゃんが負い目に感じてるんだったら、その分ベッドの上で返してくれれば良いだけの話なんだけどぅっは!!」



 顔面に集中する熱のせいで衝動的になっている静雄に気付かずそんな軽口を叩いたものだから、臨也はたまたま通路を歩いていたウェイトレスの運んでいたホールのショートケーキを鼻の頭に叩き込まれるという大惨事に陥った。その後混乱した店内を出ざるを終えなくなったパニック状態の静雄の腕を引っ張ってマンションへと連れ込んだ後その家主である臨也においしくいただかれてしまうという出来レースのような結末を、マグカップを振り上げ始めた静雄は未だ知らない。






「ちょ、シズちゃん落ち着いて!」
「うるせぇ死ねぇぇぇェェ!!!!」






 同じように現状に必死でその未来を予測できていない臨也は、またひとつデートスポットが減った、と蹴り倒されるテーブルを目で追いながら溜息をついたのだった。
























(それでも許してしまうのは、きっと甘いスイーツよりも君に首っ丈だから!)




















Sweet on you!





100620

……………………
八巻でまさかの静ヴァロケーキバイキングな話だったのに対抗するかのように臨静をケーキバイキングに投入(笑)きっと甘いものほおばってるときのシズちゃんはおとなしいんでしょうね…!
ちなみに、タイトルは「君に首っ丈」とかそんな感じ。あまり使わない表現ですが、今回はスイーツにかけた駄洒落みたいなことにしてみました(笑)



>>チョコさん
あ、甘々とのことでしたが最後の最後にぶち壊してすみませんほんとうちの戦争コンビったらこらえ性のない…!←
お持ち帰り自由ですので、煮るなり焼くなりお好きなようにどうぞ!リクエストありがとうございました!










- ナノ -