フラジオレット | ナノ





※長い
※遊馬崎が杏里を知らない
























 今日も快晴な池袋の昼下がり。賑わうメインストリートを駆け抜ける一人の男がいた。



「狩沢さん、渡草さん!」



 バン、と乱暴にワゴンのドアを開いて、男、遊馬崎ウォーカーは叫んでいた。息も絶え絶えに言い終わると、遊馬崎はワゴンの車内に膝を着く。その行動に運転手は顔をしかめ、キャスケット帽の女性は目を見開いていた。



「おいテメェ遊馬崎、直したばっかのドアをまた壊す気か」
「えっ、あああすんません渡草さん痛い!」
「ゆまっちどうしたのー?そんなに慌てて」



 運転席から伸ばされた渡草の手に左腕を捻じ曲げられ、遊馬崎は悲鳴を上げる。マイペースな狩沢は遊馬崎を助けようともせず、読んでいた小説に目を戻した。そんな彼らに遊馬崎は涙目のまま訴えかけた。



「か、門田さん見なかったっすか?」



 門田、という単語に、二人はぴくりと反応した。あからさまに、車内の空気が変わる。す、と、至極あっさりと、渡草は今まで捻りあげていた手を放した。



「さぁ、知らねぇな」



 そう告げて運転席へ座りなおすと、渡草は雑誌を手に取り興味無さ気にそっぽを向いてしまった。今まで体験したことの無い渡草の反応に、遊馬崎は頭上にクエスチョンマークを浮かべながら少し怯む。



「私も知らないけど、"もしかしたら"街にいるんじゃない?」



 にやり、キャスケット帽のつばの陰で不適に笑う狩沢。何か含んだようなそのセリフに遊馬崎は疑問を覚え、口を開こうとした、が、それは狩沢の「探しに行ったら?」という言葉に遮られ、さらに無理矢理に背中を押され車内から追い出されてしまったので、遊馬崎はそれ以上何も聞けずまた街をさまよう事となったのだった。












「あれ、遊馬崎さんじゃないっすか」
「こんにちはー」
「こ、こんにちは…」



 先ほどの渡草と狩沢の態度に何か引っかかるものを感じながら推測を脳内に並べていると、三つの違う声音に声を掛けられた。遊馬崎が振り返ると、そこには同じ色の制服を着た三人組が立っていた。



「紀田君に竜ヶ峰君に…えっと、」
「あ、えっと、園原杏里、です」



 遠慮がちに名前を名乗り、頭を下げるおとなしそうな少女。遊馬崎はしばらく杏里を観察するように上から下へと眺めて、それから正臣に向き直ると口角を吊り上げてからかうように笑った。



「眼鏡属性のおかっぱ巨乳を連れ歩くとは、紀田君もやるっすねぇ」
「いやいや、俺の手にかかれば昼飯前っすよー」
「√3点」
「またルート?!」
「そういえば、お昼ご飯まだでしたね」



 高校生特有の若さ溢れる賑やかな会話を繰り広げる三人を前に、少しだけ微笑ましい気持ちになりながら遊馬崎は当初の目的を思い出す。正臣がくだらない冗談を言い、帝人がそれに辛辣なコメントを残し、それをみて杏里が笑う、というまるで決められたルーチンのようなやりとりを日常の幸せのように繰り返す彼らの間に入り、遊馬崎は声を上げた。



「あの、門田さん見なかったっすか?」



 常のにこやかな雰囲気のまま何気なく尋ねた遊馬崎だったが、瞬間、凍りつくようなその場の空気を感じ取った。三人は会話を止め、数回目配せした後、ほぼ同時に遊馬崎を見つめる。デジャヴのような雰囲気に遊馬崎がうろたえていると、す、と帝人が一歩前に出て人の良さそうな笑みを浮かべた。



「そういえば、60階通りで見たという話を聞きましたよ」
「そうそう!何か門田さん妙なヤツらと、」
「正臣、黙って」
「……はい」



 一括されしょげる正臣だったが、当の帝人は全く気にしていないという素振りで遊馬崎に微笑みかけている。遊馬崎は正臣の言葉の続きが気になったが、帝人が遮ったあたりに何か嫌な予感を感じ、杏里の「ご飯でも食べに行きませんか」という声を合図に踵を返すと、また先ほどのように明るい声で会話を始めた三人に手を振ってその場を後にした。












「いないっすねぇ…」



 帝人の助言を元に60階通りを走り回っていた遊馬崎だったが、こう人が多くては門田の捜索どころか自身の足の落とし場所さえ見失いそうになる。どこか不安定な心持ちのまま人波をかき分け進んでいると、ふいに、前方でガラスの割れるような、何かがグシャリと音を立ててつぶれるような轟音が響いた。それと同時に、背筋を駆け上がる、それを"恐怖"と名づけても相応しいであろう怒号が聞こえる。



「いぃざぁやぁぁぁぁァァ!!!」



 どこまでも突き抜ける恐怖の旋律を耳にしながら、遊馬崎はその声がどちらから来るものなのか必死で探ろうとしていた。今は彼らにかまっている時ではない、そんなことよりも自分は門田を捜さなければならないという使命感が、遊馬崎を急旋回させ、よく知らない雑貨ビルの裏路地へと駆け出していく。

 しかし、ほんの数秒後に遊馬崎は後悔した。暗いビルの隙間、差し込む向こう側の光を遮るように飛び込んできた一人の男を見つけて。



「おやぁ?珍しいねぇ、こんなところで」
「う、臨也さん」



 端正な顔つきをした青年、折原臨也がにこやかな表情を浮かべるのも厭わず、遊馬崎はあからさまにその眉間にしわを寄せる。しかし、目の前の男の職業を思い出した遊馬崎は、かえって好都合だったと機嫌を直し、ちょうど二つの出口からの中間地点あたりですれ違おうとした臨也に声を掛けた。



「臨也さん、門田さん見なかったっすか?」
「ドタチン?」



 遊馬崎の言葉を聞いて、臨也は立ち止まる。肩越しに遊馬崎を一瞥し、少しだけ間をおいた。それから、にやり、と、わざとらしくその口角を吊り上げた。



「ドタチンねぇ…今頃どうなってるんだろうね」
「え、」
「頼まれたから、ちょっと協力しちゃった」



 す、とポケットから取り出された左手が抱えていたのは黒い携帯電話。それを見せ付けるようにひらひらと回しては、臨也は目を細めて実に愉快そうに笑う。



「ドタチンって、"ダラーズの幹部だ"って噂が流れてるんだよね」
「臨也さ、」
「未だにさぁ、黄巾族の坊っちゃん達が何やら嗅ぎ回ってるみたいだねぇ」






「"ダラーズのリーダーは誰か"って」






 途端、何かが風を切る音がして臨也の両足が宙に浮いた。先ほどまで遊馬崎が立っていた場所から数メートル、ちょうど壁に映りこんでいた臨也の像に同化する形で押し付けられて、影の持ち主は短い呻き声を上げる。薄目を開いて状況を確認した臨也は、先の笑みとはまた違う、いかにも満足そうな視線で見開かれた遊馬崎の瞳を見つめた。
 地面を蹴る音すらしなかった。それなのに超人的なスピードで間合いを詰めた遊馬崎は、"背中から"彫刻用の平ノミとハンマーを取り出していた。ハンマーを持った左腕で臨也の喉元を押さえつけながら、右手の平ノミをゆっくりとその深紅の眼球へと近づけていく。



「臨也さん、教えてください」



 日常的に平和島静雄と渡り合っているあの臨也でさえも微動だに出来ないほどのすさまじい力。ごくり、口内は乾燥しきっているはずなのに、何もないままの喉が鳴った。






「門田さんは、何処だ」






 じりじりと距離を詰める右手の凶器はその速度を緩めない。ゆっくりと、着実に、近づく、近づく、近づく。いよいよその先端の白刃が左目眼球の粘膜に触れようときらめく、その瞬間。






「「遊馬崎?」」






 二つの声が重なった。ステレオサウンドで聞こえたその名前に、中心にいた二人は同時に違う方角を振り返る。



「シズ、ちゃん」
「っ、門田さん!」



 遊馬崎の叫びに混じって、カラン、と金属がアスファルトに跳ねる音がした。弾かれたように臨也から身を離した遊馬崎は迷いなく来た道を駆けていく。門田は目を丸くしてその光景を見ていた。遊馬崎は走り出した勢いをそのままに、ブレーキをかけることなく門田の胸へとダイブする。衝撃にふらつく門田が下を見ると、指先が赤くなるまで握られた白い手のひらが袖の布にしわを作っていた。



「よかった、門田さん、俺、ほんと、おれ」
「おい遊馬崎、落ち着け」



 普段類を見ない遊馬崎の動揺振りに、門田は慌ててその肩をゆるくゆすった。ひょっとして性質の悪い我が同窓生に変な情報を吹き込まれていたのだろうかと思い、未だ路地の奥でむせ返っている旧友をちらりと見やる。さらにその奥にはどういうわけだか臨也とは別の意味で性質の悪い男が仁王立ちしている。何がなんだかわからないな、と門田が溜息を吐くと、今まで俯いていた遊馬崎が急にその顔を上げた。



「探したんすよ門田さん!心配だったんすから!」
「…別行動なんか珍しくないだろ」
「渡草さんや狩沢さんはなんか知ってるみたいなのに教えてくれないし、帝人君に情報貰ってここまできたのはいいんすけど臨也さんに門田さんを危ない目に合わせたみたいなこと言われるし、もうなんだったんすかこのフラグ乱立地獄は!」
「……あいつら、」



 はぁぁ、今度は深い溜息を吐くと、門田はなにやらぶつぶつと文句を言っていた。それに首をかしげながら「どうしたんすか?」と遊馬崎が覗き込むと、門田は慌てて「なんでもない」とかぶりを振る。しかしすぐに「いや、」と付け足して、考え込むように口元に手を寄せると、「そろそろか、」と決心したように視線を上げた。



「遊馬崎、提案なんだが、」
「?はい」
「今から俺の家に来ないか?」
「は?」



 今度は遊馬崎が目を丸くしていた。門田はいつものメンバーをあまり家に呼びたがらない(理由はもちろん、「散らかすから」)。そんな彼を押し切って勝手に家に上がりこんでいるのが常だった。しかし、今、自分は真っ向から彼の家へ招待を受けた、唐突に。振り返っても狩沢や渡草はいない、いわゆる"自分だけ"へのお誘い。コレはいったい、






「家、来るか?」






 にっこり、優しい視線と共に差し出される手のひら。






「…………はい、」






思わず素敵な笑顔を浮かべる愛しい彼の手を取ってしまったが、遊馬崎は冷や汗をかきながらその一歩を踏み出していたのだった。






















(これって、何フラグ?)

























これ何フラグ?





100525

……………………
うっひゃあやっとこさ終わりましたオタクでヒロイン五題!

実は遊馬崎に臨也を強襲させたかっただけというこの長いお話(笑)フラグを乱立させてみようとしたんですが、よく考えたら死亡フラグ以外のフラグって何?と考え出したらさっぱりわからなくなりました。

裏話。実はドタチンは遊馬崎に誕生日パーティを開いてあげる予定でした!(笑)会場がドタチンの家なので、「家に来ないか?」というお誘いが。もちろん他のワゴン組、来良学生組は招待されてるのでパーティの存在を知っています。唯一知らなくて、ただ意地悪してただけの悪人は臨也さんです(笑)案の定パーティに招待されていないという不憫っぷりですさすが。


それでは、長くなりましたがお付き合いありがとうございました!!



お題配布元:確かに恋だった
「これ何フラグ?」










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