フラジオレット | ナノ




「じゃーん☆っす!」
「さっすがゆまっち!センスいいわねー」
「……何だ、それは」
「何って、そりゃあ」
「コスプレ衣装?」
「いや、そうじゃなくて……」



 何故そんな物がまたここで出現したのか、門田の心中は疑問と不安と嫌な予感でいっぱいだった。

 池袋某マンション内一室。新羅宅を後にした門田は、予定もなかったので意味も無く疲れた身体と精神を癒すため帰宅すると、何故だか自室リビングの床に座り込んでいた遊馬崎と狩沢に出迎えられていた。それ自体は遊馬崎がいつの間にか作っていた合鍵で侵入したのだと言えば簡単に説明のつくことだったのだが、今問題なのは同じようにリビングの真ん中に座らされた門田の目の前に見覚えのある白衣と黒いシャツ、そしてそれに合わせたような黒いスラックスが置かれていることだった。そして、門田の不安を煽るような遊馬崎と狩沢の輝かしいまでの瞳。何を期待されているのだろうか、門田は口角を引きつらせて実に楽しそうに笑う二人を眺めていた。



「私だってドタチンのお医者さん姿見たいんだもーん」
「あれはもう必見っすよ!特に上目遣いで眼鏡越しに見られたらもう、っとと、そういえば眼鏡忘れてたっす」
「ゆまっちったらうっかりー」
「いやいやホント、危なかったっすよ」



 ごそごそとリュックをあさって、遊馬崎が取り出したものはこれまた見覚えのある銀淵の眼鏡。ケラケラと笑う狩沢の独特な声が響く中、遊馬崎はその淵の細い眼鏡を白衣の上に優しく置いた。
 一連の動作を何も言わずに眺めていた門田だったが、一度だけ大きく深呼吸をすると、意を決したようにその口を開いた。



「……どうでもいいが、それ俺が着るのか?」
「「もちろん!!」」



 さながら見事な混声二部合唱のようなハーモニーを奏でて、二人は目の前に置かれていた衣装を門田の胸に押し付けた。思わずしっかりと両手で受け取ってしまった門田を二人は立ち上がらせると、衣装を持たせたまま門田の背中を押して無理矢理バスルームへと連れて行く。



「ちょ、何でわざわざバスルームに、」
「下着も用意してあるからねー」
「俺達の目の前で生着替えショーをしたいんだったらそれもいいんすけd」



 バタン、遊馬崎の鼻先でバスルームの扉が閉められた。遊馬崎と狩沢は顔を見合わせると、やれやれといった様子でリビングへと戻って行ったのだった。









「遅いっすねぇ、門田さん」
「恥ずかしがってるんじゃない?」
「それもまた乙っすね」



 遊馬崎と狩沢は手にした携帯用ゲーム機の画面から顔を上げないまま淡々とした会話をしていた。門田がバスルームに入ってから始めた対戦型格闘ゲームは既に四戦目を迎えている。手間取るような服ではない、むしろ彼の旧友は似たようなものを普段着にしているような簡単な服装であるにもかかわらず、一向に門田が出てくる気配がない。狩沢の四連コンボがクリーンヒットし、遊馬崎の使用キャラであるチャイナ服の女性が悲鳴を上げてゆっくりと倒れていくのを見ながら、そろそろ待ちくたびれたっす、と遊馬崎は呟いた。
 ガチャ、そんな彼の思いが届いたのか、背後で扉の開く音がした。






「……………満足か」






 どこか照れくさそうにニット帽を外した頭をかきながら登場した門田に、狩沢は即座にカメラを構え、遊馬崎は息を呑んだ。

 黒いスラックス、黒いシャツ、それに浮き上がるまでに輝く白衣に、瞳前できらめく銀の淵。あえて選んだ小さ目のシャツが彼の胸板を強調して、窮屈そうなボタンがしわを作る。恥ずかしいのかあっちこっちを移動する瞳が時折視線を交わす瞬間、度の入っていないガラスの向こうでは透き通ったままの黒い瞳が覗いていた。白衣、シャツ、眼鏡と材料が強力なのは言うまでもない。そして遊馬崎・狩沢二人の盲目的なまでの門田への好意がそれにフィルターをかけていたことも確かだ。しかし、そこにいた彼らにとって、それは"上出来以上"という代物であることにかわりなかった。
 ごくり、遊馬崎が生唾を飲み込む音がして、沈黙は破られた。



「狩沢さん、なんか俺、むらむらしてきました」
「え、じゃあ私は空気読んで帰るけど、その前に盗聴器仕掛けていい?」
「早めにお願いしますなんかもう今すぐにでもこのお医者さんにお注射したい気分っすから」
「一分で済ますから大丈夫」
「っ、やめろ遊馬崎!迫ってくるな!狩沢!人ン家に勝手に盗聴器仕掛けてんじゃねぇ!」
「あ、後でダビングして俺にも聞かせてくださいっす」
「もっちろーん、今度鑑賞会しようねー」
「人の話を聞けぇぇぇェェ!!!」



堰を切ったように流れ出してくる言葉に焦りながらも門田が抗議の声を上げるが、今日の二人は"聞く耳"というものを持ち合わせていないようだった。彼の制止も空しく、狩沢はいそいそと帰り支度を済ませて、じゃ、と手のひらを上げるとそのまま上機嫌で玄関の方へスキップして行った。



「狩沢!!待て、帰るな!!」
「ごゆっくりー」
「また明日ーっす」
「狩沢ァ――――っ!!!!」









閉められたドアの向こうでは、門田のまた違う種類の叫び声が響いていた。

























Who's gonne be a king?

(こんなゲームにでもかこつけないとコスプレなんかしてくれないっすからねぇ)




100512

……………………
王様ゲーム遊門編で予定していたもの全てが終わりました…!!
なんだかやたら長い間連載していたような気がします(笑)とりあえず、狩沢さんはいついかなるときでも用意周到ですね←

お付き合いありがとうございました!!
…しかし学生組でも書きたい(未練)










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