フラジオレット | ナノ




「生きててよかった!!」



 飛び込んできた彼は、そんなことを叫んでいた。
 周りの冷めた様子もお構いなしに狂喜乱舞している遊馬崎を見て、門田は一歩引きながらその口を開く。



「…どうした、遊馬崎」
「当たったんすよ!!サイン色紙!!」



 ほら!!と自慢気に鼻先に突きつけられたのは、きれいな顔をした少女にハート付きで「遊馬崎さんへ」というふきだしの付いた絵が描かれている色紙だった。それは遊馬崎がたいそう入れ込んでいた漫画の絵柄で、どうやら直筆らしい。それを狩沢が羨ましそうに覗き込む。



「いいなー、ゆまっち。その人あんまりサインくれないので有名な人じゃん」
「もーキセキっすよ!!きっとソニアちゃんが働きかけてくれたに違いないっす!!」
「んー、でもあたしはユリアの方が好きかなー」



 なんだかよくわからない名前が飛び交う中、門田は何かすっきりしない表情だった。遊馬崎が、誰だか知らない――どうせ二次元のキャラクターだろうが――名前を呼ぶ度、釈然としない思いが芽生えて、それが妙に門田をイラつかせた。何だというのだ、この感情は。



「いやいやいや、俺もう色紙にキスしたい気分っすよ!!」






 イラ






 気付いたら、キスをしていた。
 狩沢が横にいるのにもかまわず、弾かれた様に、門田は遊馬崎にキスをしていた。

 それはキスと呼ぶには余りにも短く、勢いで唇同士がぶつかっただけの事故のようにさえ見えた。だが、それは間違いなく、世間一般仲睦まじい男女がするような”それ”であった。

 しばらくの沈黙が流れて。等という事は起こらなかった。ワゴン内にはあの行動の直後から、「ドタチンだいたーん」等と囃し立てる狩沢の声が響いていた。己の行為に赤面して、居たたまれなくなった門田はワゴンを飛び出す。
 遊馬崎は、というと、あれから一ミリたりとも動いていなかった。



「ゆまっちー、追わなくていいのー?」



 ひょい、と狩沢が覗きこんではじめて、遊馬崎が微かに震えていることに気付いた。わなわなと合わない唇を揺らし、何かを言おうとする。んー?、とさらに狩沢が覗きこんだ、次の瞬間、狩沢は絶叫に耳を塞ぐことになる。






「・・・い、生きててよかったぁぁ!!!」






 色紙も投げ出して遊馬崎はワゴンを飛び出すと、未だかつて見せたことの無いようなスピードで門田の消えた方向へと走り去って行ってしまったのだった。

























(門田さんからの大胆初キッス、俺、もう死んでもいいっす!!)
(あ、でももう一回俺からお返事するまでは死ねないっすよね)





















生きててよかった!





100509

……………………
実はお題の中で一番最初に書いたものだったり。たまにはドタチンが嫉妬してもいいんじゃないかな…!!
途中出てくるキャラの名前はテキトーに。たぶん実在しない(笑)


お題配布元:確かに恋だった
「生きててよかった!」










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