フラジオレット | ナノ




「はぁぁ・・・」
「どうしたのゆまっち?」
「いや・・・どうしてもこうしても・・・あの日以来夢魔のお姉さんが俺に会いに来てくれないんで、絶賛落ち込んでるところっすよぅ・・・」
「・・・・・・お前、まだ言ってたのか」



 と言うわけで、本日の俺のテンション、底辺。マックスの反対はなんだろうと考えた結果何も思い浮かばなかったので、とりあえずどん底っぽい雰囲気を出せるなら何でもいいとばかりに俺は底辺という言葉を選んだ。

 何も変わらない、何も変わらないからこそあの日の夢魔のお姉さんが帰ってきてくれるんじゃないかという期待を打ち砕かれたような気がして、今朝方から夜中の今に至るまで、俺のテンションは駄々下がりしていた。あれは既に一ヶ月も前の出来事で、唯一三次元で愛せると自信を持てた彼女は未だ俺の意識の領域には帰ってこない。代わりに目の前にいるのはいつもの大事な仲間――狩沢さん、渡草さん、それから門田さん。



「まぁまぁ、元気だしなよゆまっち。そりゃあ私だって今まで私を慕っていた美少年が急に会いに来てくれなくなったら落ち込むだろうけどさ。・・・はぁ・・・私の美少年・・・」
「あぁ・・・俺達は確実に結ばれるものだと思ってたのに・・・」
「いいかげん帰って来い二人とも」



 憂鬱のどん底からなのか二次元妄想の片隅からなのかよくわからない帰還命令を出され、俺は目の前で渋い顔をする門田さんを見上げた。というか、後者なら俺は除外っす。だって夢魔のお姉さんは三次元だったし。



「もうちょっと現実的なことを考えろよ、お前ら」



 眉間に寄せたしわをより一層深いものにして、門田さんは呆れたように溜息を吐いた。現実的も何も俺の夢魔さんはあの日あの時あの瞬間確実にリアルだったんすよ、狩沢さんの美少年はともかくとして。そう思うと同時に狩沢さんが口を開いた。



「たとえば私達の内の誰かが消えちゃうとか?」
「何でそうなるんだ、つか勝手に消すなよ」
「ソレは困るっす!」



 現実的なものとはそんなにもツライものなのか、俺は絶望にさいなまれ声を荒げた。



「狩沢さんや渡草さんはともかくとして、大事な門田さんに消えられた日には俺見つかるまで泣きながら世界中を探し回るハメになるっすよ!」
「ゆまっち、今さりげなく酷いこと言ったね」
「・・・毎日手前らを運搬してやってるのは誰だと思ってんだ?遊馬崎くんよぉ?」
「あ痛い痛い、痛いっすよ渡草さん!俺は門田さんを探し出してその身体を抱きしめて百万回の『京平、愛してる』を告げるまでは死ねないんすから手加減してくださいっす!」
「えい、私も」



 痛い、ホントに痛い!思ったことを言っただけなのに理不尽に攻撃される哀れな俺あイタタタ!
 渡草さんにぐりぐりと頭を押さえつけられ、さらに狩沢さんにほっぺたをつねられている最中、ふと、一人だけ何も言わず、一人だけ文面にその行動が登場しない彼を思い出した。どうしたんだろう、門田さん。俺は視線を左右に巡らす。



 バチ、目が合った。




「・・・・・・・・・遊馬崎」
「・・・・・・・・・門田さん?」




 視線を交わした彼は真っ赤な顔をしていて、俺達はまるで今から愛を囁き合う恋人達のように、とはいかないまでも、互いの名前を呼び合ってはしばしの愛・コンタクト(誤変換じゃないっすよ)を取り合っていた。なんとなくわかる、彼は俺の愛を実感して照れてしまったんだ。夢魔のお姉さん以外にも愛すべき三次元はこんなところにいたんすね。これって、なんて好印象。



 しかしその後、門田さんは俺の思考を逆転させ、結果さらに俺を有頂天にさせる言葉を呟くことになる。






「・・・・・・一度失踪しねぇと、呼んでくれねぇのか」
「ほぇ?」






 俺は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。それ以上門田さんは何も言わないから、俺は必死で彼の言葉を脳内で咀嚼する。
 えーっと、んーっと、何だっけ、俺が何を呼んでくれないんだっけ、教えてマイメロディ、なに、を。






「あ、」
「わぉ、ドタチン、今のは殺し文句ってヤツだよ」
「はぁ・・・恥ずかしいヤツら」



 俺が気付くと同時かソレより前に背後の二人は言葉の咀嚼を終えていたようで、狩沢さんは興奮気味に、渡草さんは深い溜息を吐きながらそれぞれ好き勝手に発言を始める。それを聞いて、門田さんは、しまった、と言うように自らの口元を両手のひらで覆って、赤かった顔をさらに紅潮させた。そりゃあもう、ゆでダコみたいに。あ、でもゆでダコなんかよりよっぽど魅力的っす。



「ゆまさき、今のは違う、その、」
「聞いちゃいました、俺」
「だから、違ぇって、」
「門田さん」



 片手でその口元を押さえ、もう片方の手で近づく俺に制止を促しながら、門田さんは一歩後ずさった。視界の端では渡草さんが狩沢さんの首根っこを掴んで歩き去っていくのが見えたが、そんなことは今はどうでもいい。ここが人通りのない裏道だということも、割とどうでもいい。いや、どちらも俺にはプラスなんすけど。
 ドン、ついに背後のビルに衝突した門田さんは真っ赤なまま少し青ざめるという器用な表情を作って見せた。そんな彼に容赦なく詰め寄って、耳元で囁く一言。






「お望みならば、年がら年中囁いてあげるっすよ」









 愛してる、京平。









 名前を――名字ではなく、下の名前を呼んで、俺は赤面する恋人に愛を囁いたのだった。
























(名前呼んだだけで真っ赤になるとか、萌える通り越して死にそうっすよ、俺)






















ヤバい、萌える。





100427

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恋は盲目(笑)
ドタチンを名前呼びしてる人って少ないんじゃないかなぁ、と。ドタチンってあだ名好きじゃないみたいですし、実は「京平」って呼んで欲しいとか思ってると可愛いです^^


お題配布元:確かに恋だった
「ヤバい萌える」










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