フラジオレット | ナノ



「、うわっ」



 俺はソファの上で飛び起きた。見回せば、カーテンの隙間からは朝の日差し。何でこんなところで寝てるかは置いといて、とりあえず俺の衣服は寝汗でぐっしょりだった。



「・・・夢?」



 あまりにも現実味の無い、それでいてリアルすぎる夢。


 夢、そうか、夢だ。


 考えてみればみるほどありえない。どうして俺がシズちゃんを自分の家になんか上げて、ついでにホットチョコレートなんて作ってあげて、挙句の果てには、耐久レースのようなセックスまでしなきゃいけないんだ。でも気持ちよかったな。あぁ、考えたら勃起してきた。男ってコレだから嫌だよね。



「・・・風呂入ろ」



 とりあえず、この汗にまみれた衣類を脱ぎ捨ててしまいたかった。
 俺はソファから立ち上がると、自室の風呂場へと足を進める。おぼつかない足取りのまま、壁伝いに歩いて、ドアを開ける。とりあえず、一番気持ちの悪い長袖のTシャツを脱いで、脱衣かごへ、入れ、ん?
 脱衣かごには先客がいた。ひとまず俺のTシャツは脇に置いといて、丸まった衣服を持ち上げてみると、それはワイシャツ。もうひとつ持ち上げてみると、今度はベスト。かごの残りは、なんとなくわかる、たぶん黒いスラックスとボクサーパンツ。何でわかったかって?それは今までのが全部愛しいシズちゃんの装備品だったからだよ!

 違う。そんなこと今はどうでもいい。

 俺は目に見えて青ざめたんだと思う。顔からすっ、と何かか引いていく感覚がしたから、鏡を見なくても歴然だった。



 アレは夢?夢、夢、ゆめ?
 じゃあ何でシズちゃんのバーテン服がこんなところに?



 気付いてしまった俺の脳味噌は、後悔よりも早く脱衣所を飛び出していた。向かうのは奥にある、寝室。もっと言うと、俺のベッド。事実をこの目で確認しなければいけない。やっぱり足はもつれるのに、俺は狭い廊下を走った。
 うるさい音を立てて寝室のドアを開けると、真っ先に飛び込んできたのは白い肌。



「・・・シズ、ちゃん」



 紛れも無い彼、その人平和島静雄がベッドの上に横たわっているのを発見した俺は、ただただ慄然とした。ゆっくりとベッドサイドに近づく。途中で蹴り飛ばして倒れたゴミ箱からは、注射器が二本、中身を中途半端に残したままの状態で発見された。瞬時に"情報"は俺の脳裏をよぎって、あれが新羅から貰った危ない薬だったということを告げる。あぁだから、そんなこと今はどうでもいいのに!
 おそるおそる、彼の首筋に指を這わせる。

 とくん。

 あぁ、よかった、生きてる。殺した覚えもないけど。



「…ぅ、」



 もぞり、手元のシーツが動く。知ってる、シーツは動くはず無いから、それはシズちゃんの起床を示してるってこと。俺は慌てふためいてしまった。

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。

 そうこうしているうちにシズちゃんは身体を起こして、半分しか開いていない寝ぼけ眼で俺を見る。



「・・・臨也?」
「・・・お、おはようシズちゃぶはっ!!」






 悶絶。
 気付いたら寝室のドアに背骨を打ち付けていた。






「・・・い、痛いな、シズちゃん」



 繕う言葉も思いつかなくて、自分の口からは間抜けな感想しか出てこなかった。だって、あのシズちゃんの右ストレートがクリーンヒットだよ?
あまりの激痛に起き上がるのもためらわれて、俺は背中を打った反動で痛む腹部をさすりながらうずくまっていた。

 こっそり盗み見たシズちゃんの顔は酷いものだった。俺みたいに美青年とは賞されなくたって、弟くんに似て整った顔立ちをしているその目元は隈で真っ青で、口端は切れている。頬には精液が乾燥してこびりついているし、涙も手伝って全体的に薄い膜に覆われたような肌をしていた。



 あぁ、やってしまった。
 俺は彼を傷付けた。



 俯いたままで、まぶたが焼けるように熱い。言いようも無い嘔吐感が胸の奥底からこみ上げてきて、嗚咽に変えて床に吐き出してしまいたかった。



「臨也」





 びくりと肩が震える。恐怖と少しの罪悪感で、俺は顔を上げられない。

 きっと彼は俺を殴る、蹴る、仕舞いには殺す。さようなら、俺の人生。たったの二十三年だったけど、中々興味深かったよ。



 でも、掛けられた言葉は予想外だった。







「お前、アレ作れ」
「は?」
「アレだよ、アレ」



 素っ頓狂な声を上げると、シズちゃんは必死で思い出すかのように頭を抱える。ほら、アレだよ、あの、えーっと。ジェスチャー付きでそんなことを言われても、さっぱりわからない。そもそも彼の身振り手振りは形を成していない。
 そうだ、彼がひときわ大きな声で叫ぶ。





「チョコレート」



 昨日の続きが飲みたい。





 全く予想もしなかったことを真剣な顔して言われるもんだから、俺は痛みも忘れて顔を上げてしまった。



「・・・え、シズちゃん、怒ってないの?」
「怒ってるぞ」
「・・・じゃあ、もうちょっとなんか、言うことあるでしょ、俺に」
「だから昨日のアレ作れって」
「・・・・・・」



 ダメだ、意思疎通が図れない。コレだから平和島静雄は苦手なんだ。
 混乱の淵に立っている俺を見て、シズちゃんはため息をついた。



「今、動けねぇから、後で殴る」



 だから、今はいい。



 そう言って彼は不器用に少しだけ笑った。






 返事もせずに部屋を飛び出した俺の足が向かうのは、近所のコンビニだった。

























(許されてしまった、彼に、)
(俺は、)
(俺は、)





(なんてしあわせなんだろう!!)























水も滴る、

洗濯をして、それから、間違えた分だけいっぱい愛してあげるんだ





100323

……………………
終わった・・・!
途中からコメディ路線を走り抜けそうになった・・・!
あれ、そうになったというか、走り抜けてた?

アレですね、許す静雄さんは、寛容ですね。←

ここまでお付き合いありがとうございました!!










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