フラジオレット | ナノ



※1話と雰囲気変わります。







「どう?少しは頭冷えた?」
「うるせぇ殺す」



 ガタガタと震えだす自分の身体を両腕で抱きながら、静雄は臨也を睨みつけた。


 あの後、そろってずぶ濡れになった2人は、濡れた服と冷たい風が尋常でない速度で自身の体温を奪い取っていく事に気付き、臨也の提案で近場にあった彼の自宅マンションで暖をとる事にしていた。池袋最強とは言え、本人は自分もまた生き物の一種であるということは認識している。言うことを聞かなくなっていく自分の指が、決して重くない(むしろ軽い部類に入る)臨也の体重を支え損ねてその首を取り落としたのを見ると、青ざめた表情で彼の後を付いて行くしかなかったのだ。


 臨也が嫌がらせのような長風呂をした後、にやにやしながら話しかける彼に暴言だけを吐き捨てて、静雄は大股歩きで風呂場へと向かって行ってしまった。「着替え、使ってね」と臨也が声を掛けるも静雄から返ってきたのは、バタン、と乱暴に扉が閉められる音と、続いて小さく、カチャリ、と内側から鍵が掛けられる音だった。用心深いことだ、と半ば冗談半分の途中乱入を目論んでいた臨也は両手を挙げる。もちろん鍵を開けるのは簡単なことだったが、それより今は彼に与えてみたい物があった。


 一通りの準備が済んで、電気ケトルが乾いた音を立てる頃、ようやく風呂場の扉が開く音がした。甘い匂いが漂う中、ゆっくりとした足音が近づいてくる。思わず微笑んだのは、臨也は自分がこの状況を楽しんでいることに気付いたからだ。



 白いマグカップを二つ手に取り振り向いた先で、臨也は思わず両手の物を取り落としそうになった。



「何だ、それ?」
「…ホットチョコレートだけど…なんか、ゴメン、とりあえず、どうでもいいけど、服」



 倒置法を多用しすぎてよくわからない日本語になるほど、臨也は動揺していた。どうでもいいと言ったが、それは彼にとって酷く重要なことであった。

 頭の上からつま先まで濡れて、もちろん服も上から下までダメになってしまっていたので、気を利かせた臨也が彼のために着替えを用意しておいたのだ、が。脱衣所に置かれたそれは臨也のものだったため、静雄にはあまり…いや、とてもサイズの合うものではなかったようだった。



「小せぇな、コレ」



 そう言ってTシャツの裾をめくり上げる静雄の姿は、臨也には些か目の毒であった。
 黒いTシャツは静雄の程よく筋肉がついた上半身をきれいに形取っていて、そのくせ細い腰周りで弛んだ裾からはナイフの刺さらないわき腹が見え隠れしている。一番余裕があるであろうと思って用意した半分丈のジャージは短く、太股から下、彼の白く細長い足が伸びている。ぺたぺたと足音を鳴らす素足は骨ばっているのに、その足音のせいで少し幼く見えた。
 ハッキリ言ったらいい。そう、臨也にとって今の静雄は、全体的に"マズイ"状態だった。



「うん…俺の、だからね」
「ふぅん」



 ぎこちなく受け答えする臨也に、静雄は興味が逸れたような返事をした。どうやら静雄は、臨也の手に握られた白いマグカップの方が気になる様子で、視線を寄せては素っ気無い返事を出していた。それに気付いた臨也は、右手のカップを彼に手渡す。静雄は目を丸くした。



「いいのか?」
「いいよ、飲んで。シズちゃんのために作ったんだもの」



 恥ずかし気も無く臨也がそう言い放つと、逆に静雄が照れたように下を向いて、



「…悪ぃ、」



 と、消え入りそうな声で臨也に礼を言った。その行動すらツボに入って悶え苦しんでいる臨也など露知らず、静雄はその手のマグカップの中を覗き込んでいた。白いカップの中に、白い液体。チョコレートは茶色い物と認識していた静雄は、当然のように首をかしげる。
 臨也はホットチョコレートを作るのに、ホワイトチョコを使用していた。今日がホワイトデーということもあり、少々の洒落を効かせたつもりだったのだ。しかし、ホワイトデーの存在など忘却の彼方である静雄にとって、その一工夫は全くもって意味を為さなかったようだ。



「熱いから、気をつけてね」



 どうにか落ち着いた臨也が、自身もそのホットチョコレートをすすりながら静雄の一口目を促す。それを見て、静雄は恐る恐るながらカップに口をつけた。一口飲んで気に入ったのか、その後は無言でチョコレートをすする。


 なにこれかわいいんだけどやばいやばいやばい。


 そう思いながら臨也が和んでいるのもつかの間、急に静雄がマグカップに口をつけたままむせ始めた。唐突に現実に引き戻され、臨也は慌てて自分のマグカップを置き、静雄の手を取る。以外にもすんなりと開かれたその両手からカップを受け取ると、未だ咳き込んでいる彼の顔を覗き込んだ。

 そして、硬直。





「けほっ、ぁ、つ、」





 白い。
 白い。

 とにかく、彼の顔面に飛び散る、しろ、シロ、白。






 ぷ つ り






 聞こえたのは耳慣れた静雄のそれではなく、臨也の中で何かが途切れる音だった。





















水も滴る、

(え、水、じゃないよねコレ?)








100317

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ホワイトチョコを使った時点でオチがバレバレという(笑)
一度やってみたかったんです…ケフィア。

次回あたりえろに突入しそう…です。
き、期待は禁物の方向で!









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