フラジオレット | ナノ



「あぁもう、ツイてない」



 季節は春だというのに、今日この街では吐く息が白くなる様子が観測できた。冬の寒さがぶり返してきたにもかかわらず、いつものコート一枚で出かけた臨也は自分の判断の甘さを呪った。気温や天候さえ情報と言う名の武器であるのに、どうやらこの脳味噌は春の陽気にやられてしまっていたらしい。
 今日の最低気温は5度を下回る。(知っている、あぁ、知っていたとも!現に今、俺は震えている!!)冷気が鼻先を刺し少しだけ痛むのを感じながら、自宅マンションを目指して臨也は次の角を曲がる。公園に差し掛かって、それは突然臨也を襲った。



「、ッ!!」



 鼻先の痛みより明確に、右肩に走る確かな鈍痛。地面に盛大に叩きつけられた後、足元に転がるアルミのくずかごを視界の端に捕らえて、臨也は一瞬で状況を把握した。



「し、ずちゃん」
「よぉ」



 どうにもこうにも完全にキレている静雄を目の前に、臨也は、面倒なことになった、とため息を吐いた。仮にもここは新宿で、まさか今日こんなところで静雄と遭遇するだなんて、春の寒気にやられた臨也の頭には予測不能な事だったからだ。

 …ま、シズちゃんがここにいる理由は何となくわかってるけど。
 思ったより早かったな。

 かじかむ両手に鞭打って、感覚のない指先でナイフを開く。



「ここ、新宿だよ、シズちゃん」
「手前に聞きてぇことがあるんだよ」
「それでわざわざ会いに来てくれたの?わぁ、感動的」
「うるせぇ黙れ」



 こうも寒いのに彼は相変わらずのバーテン服一枚で、防寒具のひとつも身に着けずに噴水の前に仁王立ちしていた。寂れた公園では、敷地は広くとも物が少ない。静雄は視線を左右に走らせては次の獲物を探している様子だった。水飛沫が散ったのか、彼の頬には水滴。それを目敏く見つけて、臨也はあの特有の笑みでにやりと笑った。



「嬉しいな。じゃあ、追いかけっこでもしようか!」
「っ、臨也!!逃げんじゃねぇ!!」



 言うと同時に臨也は踵を返して、進路を左へと逸らす。手元の携帯を一瞥してから視界の端に自分を追いかけてくる静雄の姿を捉えると、堪えきれない笑みがこぼれて、臨也は走るスピードを上げた。
 少し開けた場所に来ると、臨也は故意にその速度を緩めた。これを好機と捉えた静雄は、目前でゆれる黒いファー付きのフードを右手で掴み、引き寄せてからもう片方の手で臨也の首を持ち上げる。苦しそうな表情と共に、臨也はあっけなく静雄の頭上まで持ち上がった。
 互いの視線が交差し、睨み合いがほんの一刻、それから、



「っふふ、あはははははは!!」



 臨也は笑い出した。
 ぎょっとしながらも、静雄は視線で威嚇する。「何がおかしい」と小さく問えば、息も絶え絶えに笑い転げていた臨也は、その声を無理矢理に押し込んで至極冷静に言い放つ。





「足元、気を付けたほうが、いい、んじゃない?」





 臨也は静雄の足元を指差した。つられて視線を落とすと、黒光りする石の地面に、細い切れ込みが無数に散らばっていた。



「今日、冷えるよね」
「っ、しまっ」







 静雄が声を上げ、それをかき消すように公園の時計台が5時を告げる。
 視界は吹き上げる噴水の水に遮られ、臨也の表情はわからなくなってしまった。

























水も滴る、


(愚かなシズちゃん!!)






100313

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中途半端なところで終わって申し訳ない、

続 き ま す !! ←

おかしいな、ホワイトデー用に何か書こうと思っていたんですけど、あれ?
この調子だと間に合わないな…いつものことか。










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