フラジオレット | ナノ



拍手文と若干リンク。







「で、臨也」
「何、新羅」

「君は一体何の話をしにきたの?」



 黒いソファには旧友である折原臨也が腰掛けていた。僕が入れたコーヒーにまったく手をつけずに、さっきから正味2時間ほど彼はしゃべり続けている。いくら我慢強い僕でも、さすがに四杯目のコーヒーは胃にくる物があった。
 僕の問いに臨也は心底呆れたようなため息を吐いて、僕の家のソファにふんぞり返った。



「やだな新羅、君の耳は何のためについてるのさ。さっきから俺がシズちゃんの魅力について熱弁してるっていうのに、何にも聞こえてなかったの?じゃあもう一回始めから話そうか?」
「勘弁して下さい」



 コーヒーがリバースしそう。僕は即答した。
 さっきから臨也は静雄くんがいかに純情可憐で解語之花であるかを僕に伝えようとしているのだけれど、僕にはまったく理解できそうになかった。別に静雄くんが見劣りするわけじゃないんだけど、僕にとってはセルティほど天香国色であり、かつ八面玲瓏である存在などこの世に認識し難かったからだ。完全無欠とはまさにセルティのことを言うんだよね、うっとり。
 そんな僕の思考など知ったことじゃない彼は、僕の中ではもう半分トラウマにも摩り替わり始めている静雄くんの名前を紡ぎ続ける。



「この間もさ、路地裏でシズちゃんを見かけたんだけど、とんだ邪魔が入ってね。知ってるよね?シズちゃんの弟君。あぁ、今思い出しても憎らしいんだけど、彼のおかげでシズちゃんにキスできたし。その後弟君にもキスされてたけど。でもあの真っ赤な顔したシズちゃんも可愛かったなぁ!口をこう、人差し指で押さえつけられながら混乱してるんだよ!まぁ、その後盛大にぶっ飛ばされちゃって、未だに左肩がうまく動かないんだけどね。あぁ、そうだ新羅、思い出したよ」



 本当に今思い出した、と言う顔をして、臨也は己の左肩を指差す。見れば、破れた服から見えたそこは明らかに血が滲んでいて、今まで気付かなかった自分はひょっとして盲目だったんじゃないかと疑うほどに酷く鬱血していた。怪我人に気付きもしないなんて僕もちょっとおかしかったけど、それを感じさせない素振りで今まで喋り続けてた臨也も相当おかしいよね。



「ここに来た目的。コレ、直してよ」
「…はいはい、」



 じゃあ、とりあえず、服脱いで待ってて。
 そう言って僕は医療道具を取りに自分の部屋へと立った。話からすると、きっと脱臼か打撲か、酷ければ骨折か、そんなものだろう。それに見合った道具を持ってリビングに戻ると、既に上着を脱いで上半身裸の状態の臨也が椅子の方に座り直して待っていた。



「うわ…結構酷いよ、コレ」
「まいったな、シズちゃんの馬鹿力にも」
「関節包外脱臼じゃないか…しばらく左肩は固定しておかないと」



 そう独り言ちて、僕は何の前触れもなしに臨也の肩を元の位置に戻した。いっ、と短い悲鳴を上げた後、臨也は上目で僕を睨みつけてくる。僕の中に意趣遺恨の念があった事は否定しないよ。謝罪もしないけど。それより僕の二時間を返せ。
 ふぅ、と見え透いたため息を吐いて、臨也は少し左腕を動かす。



「痛いよ、新羅」
「お代貰わない分優しくはしないよ」



 勢いで左肩を回そうとしていた彼を制止して、包帯で彼の左肩を固定する。それから服を着てもらって、その上からさらに三角巾で彼の左腕を吊って仕上げにかかる。脱臼の方はコレで全部だから、後は顔の傷とか、その他の消毒だけだった。
 擦り傷だけでも数十箇所、呆れた僕はため息を吐きながらこう洩らす。



「臨也、これから一ヶ月は静雄くんにちょっかいかけちゃダメだからね」



 きっと、関わればまたケンカになる。静雄くんとのケンカに手加減なんてできるはずがないから、必然的にこの肩は無理矢理稼動させられる。完全脱臼の後は再度外れる確率が格段に高まるのだ。純粋に、コレは医者としての忠告だった。
 何も言わない臨也を不審に思って顔を見ると、彼はその大きな瞳をぱちくりさせていた。何を言っているんだ、とでも言いた気に、僕を見上げる。



「新羅、それは遠まわしに俺に死ねって言ってるの?」
「…はぁ?」



 僕は全くもって理解できなかった。どこまで思考が飛躍すればそんな結論に行き着くんだ。わざわざ治療して、その後に死ねだなんて、辻褄が合わないだろう?全くもって奇奇怪怪、折原臨也という人物は理解に苦しむ。僕は素直に尋ねる事にした。



「意味がわからないよ、臨也」
「だって、」




あ、と僕が上げた短い声は、臨也の耳には届いていなかったようだ。






「俺からシズちゃんへの愛を取ったら、何が残るのさ」






 沈黙。
 痛くはない、ただ、居心地は悪い。

 当の臨也は全くと言っていいほど僕の居辛さを感じ取ってくれていないらしかった。言いたいことだけ言って、またソファに倒れこむ。またもふんぞり返って見上げた先、そこでようやく、気付く。




「あ」
「…………」




 僕の家のドアを持ったまま、赤い顔で硬直してしまっている静雄くんが背後に立っていることに。
 あぁ、またも、沈黙。







「…み、」



 二度目の沈黙を破ったのは静雄くんだった。外された僕の家の玄関のドアは未だその頭上に抱えたままで、いっぱいいっぱいになりながらどうにか口を開く。その横ではセルティがどうしたらいいのかわからず右往左往していた。そんな君も魅力的だ、うっとり。そんな僕の頭上には、急に黒い影が落ちる。


 あれ、コレって避難した方がいい状況だっけ?




「み、認めねぇぇぇぇェェ!!!」




 僕がそう思ったのと、静雄くんがそう叫んでその手中のドアを思いっきり僕と臨也に向けて振り下ろしたのは同時だった。


















(ねぇ静雄くん)
(君が認めないのは、そのドアが折れないこと?臨也の気持ち?)
(それとも、)




















人の痛いは百年





100309

……………………
この酷いオチ?www
多分満更でもない自分にやきもきしてるんだと…うん…。

我が家のシズちゃんはやたらと赤面するようです。
いよいよツンとデレの境目がわからなくなってきました。←









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