俺はとてもずるい人間だと思う。滑稽だが、確信できた。
現に今だって、静雄の頭をこの胸に抱えながら、力なく俺のスーツの裾を引く彼の気持ちにひとつも答えてやれていない。
すきです、すきなんですトムさん、ごめんなさい、すきです。
そればっかりを繰り返す。やっぱり俺は何も言えなかった。言わなかった。
静雄は同じ中学の後輩だった。ケンカは馬鹿みたいに強いくせに、どこか危なっかしいアイツを、最初はただの好奇心から眺めているだけだった。毎度ちょっかいをかけていく俺の同級生を軽くあしらいながら、彼はいつも疲れたような顔をしていた。
声をかけたのは気まぐれからだった。言葉を発する前から俺の存在を確認していたのか、静雄は一歩足を進めた俺を明らかな敵意をもって見つめていた。だが、その瞳はあっさりと揺らいだ。
「大丈夫か?」
俺がそう、声をかけただけで。
張りつめていた空気が、戸惑いながらもゆっくりと弛んでいくのがわかった。何故だか彼の瞳は水面のように輝いていたが、俺は気付かないふりをしていた。
思えば、俺はあの頃からもうずるい人間だったのだ。俺を呼ぶその声が震えている事も、意味もなく叩いた肩を押さえながら真っ赤になっている事も、知っているくせに気付かないふりをしていた。
「トムさん、」
知っていた、くせに。
大事な言葉は飲み込んで、いつだって知らない素振りで彼に触れた。彼の何かが決壊してしまうのを、どこかで期待している自分がいたのかもしれない。胸の奥が、痛み出す。痛みは自分を叱責する。
「もう、いいから」
わかったよ、わかったから。
愛する人さえ満足に抱きしめられないその両腕の向こう、俺は静雄の肩口に顔を埋めた。
(あの時の俺は、上手に彼を欺けていたんだろうか)
しらないしらない、
ほんとうは
100305
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甘々なトム静もいいけどちょっと臆病な彼らもまたおいしい。
トムさんの口調がわからなくて偽者ですすみません…!