フラジオレット | ナノ








「やぁ静雄くん。こんばんは」
「…新羅?」
「僕は七夕の精だよ」
「どうした新羅」
「突然だけど君の願いを一つだけ叶えてあげるよ!」
「おい、しん」
「さぁ、この短冊に願いを書いて書いて!」
「頼むから話を聞いてくれ」



 時は世紀末、というわけでもなく2011年真っ只中の七月七日。料理という名のインスタント三分クッキングの途中で一服しようとベランダに出た俺の目の前に現れたのは、いつものように白衣を着ていつものようにおかしな言動をするかつてのクラスメイトだった。いつものように、と言っても新羅は夜中のこんな時間に人様の家のベランダに忍び込むような“おかしさ”とは違ったベクトルの変わり者のはずで、俺は首をかしげながら一向に話を聞こうとしないヤツの脳内とこの状況を理解しようと頭を回す。



「お前、何しに来たんだ」
「だから言ったじゃないか、七月七日にちなんで君の願いを一つだけ叶えに来たんだよ。僕は七夕の精だからね」
「七夕の…」



 さっき俺が言った通り、新羅はいつもの白衣にいつものワイシャツ・スラックス姿でベランダの柵に腰掛けていた。七夕の精とかいうくらいならもうちょっとなんか非日常的な格好でもして登場したらいいんじゃないかと割とどうでもいいことを考えた俺だったが、それはそれで目の前に現れた瞬間110にコールしなければならないと思い口を閉じる。いや、多分携帯を取り出す前に俺がベランダから叩き落としているだろう。ともかく、どんな格好をしていようが、今の新羅は間違いなく不法家宅侵入者だった。はぁ、と深くため息をついてから、俺は短冊片手ににこにこと胡散臭い笑みを浮かべている新羅に向き直った。



「帰れ」
「えっ、ちょ、ああああああ落ちる、落ちるって静雄くんんんんん!!」
「落ちてくれ」
「ままま待って!僕セルティに『静雄の願いを叶えるまで帰ってくるな』って言われてるんだよ!!」
「そうか、じゃあ俺の願いは『お前が今すぐ帰宅すること』だ、よかったな」
「危ないから!!こんなところから帰宅したら怪我するからあああ!!!」



 ぐいぐいと新羅の肩を押してベランダの外へと追いやろうとする俺の手に必死にしがみついて新羅は叫ぶ。確かに、俺のように頑丈に出来てはいない新羅はこの二階に設置されたベランダから落ちれば骨の一本や二本は簡単に折れてしまうだろう。だからと言ってこのまま居座られても正直困る。大体、勝手に人の家に侵入して突き落されたから怪我したって、それは自業自得というものだろう。あと近所迷惑だ。



「チッ…願い書いたら帰るんだな?」
「もちろん!あ、でも億万長者とかそういうのは無理だから」
「…七夕の精たいしたことねぇな」



 呆れた視線を投げかけながらぼそりとそう呟けば、新羅は大げさに両手を広げて精霊のパワーがどうとか世界の理が変わってしまうからとかよくわからない言い訳をし始めた。俺はそれを横目で聞き流しながら新羅の手元から短冊とマーカーを奪い、さっさと願い事とやらをしたためる。あまり達筆とは言えないがまぁ一応解読は可能な字でそれを書いて、いまだにしゃべり続けている新羅の胸元にそいつを押しつけた。



「ほら、書いたぞ。さっさと帰れ」
「だから叶えるまでが僕の仕事なんだってば。えーっと、なになに…?」



 いつになったら帰るんだこいつは、そう思って俺がぎりぎりと歯を食いしばっていると、急に、新羅が俺の名前を呼んだ。



「静雄くん」
「は?」



 ぐい、と腕を引かれて、よろけた俺はあろうことか急接近した新羅にゆるんだ唇を奪われる。重なった唇はすぐに離れて行って、目の前には、とてもいい笑顔の元クラスメイト。



「っ、お、ま、何しやがる!!」
「え、だって静雄くん、願い事に書いてあったでしょ?」
「おお俺は『幸せに暮らしたい』って書いただけだ!!」



 何をどう紆余曲折な解釈をしたらこうなるのかまったくもって理解できない。俺は若干青ざめながら新羅にそう抗議すると、新羅は心底不思議そうな顔をしながらこう答えた。






「だって、愛されると幸せになれるだろ?」



 だから、僕が静雄くんを愛してあげるよ。






 にこりと、ごく自然に笑った新羅は「じゃあ願い事も叶えたことだし、僕は帰るね」と言い残して俺の隣をすり抜けた。呆然としている俺の背後からはドアが開く音と閉まる音がして、あの非常識な侵入者はなぜ訪問の際に使用しなかったのかが不可解な俺の家の玄関から出て行ったらしい。俺はわなわなと唇を震わせながら、自身を落ち着かせるため、吐き捨てた。



「…んなの、好きなやつに愛されたら、の話だろ」



 そしてそのカテゴリーに該当してしまう自分自身にまた、俺は舌打ちをするのだった。



























(あ、)
(ラーメン、伸びちまった)
(…やっぱ不幸じゃねえか)























その愛、不法侵入





110713

……………………

七夕スライディングアウト。新羅にちょっとした魔法を使っていただこうと書き始めたら結局七夕の精っぽいことは何一つしていませんでした(苦笑)
ところで、(私の書く)静雄さん家のベランダは不法侵入者が多すぎる件(笑)










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