フラジオレット | ナノ









「ああ゛ぁむかつく!!」
「ちょ、静雄、少し落ち着いてよ、治療が出来ないよ」



 ダン、と力任せに床を蹴ればフローリングの床が嫌な音を立てて軋んだ。家主である新羅はそれに慌てながら、目の前の男の右足が本調子でないことを本当にありがたく思い苦笑する。ソファをしとどにその流血で濡らしている友人の池袋最強は、どうにも落ち着かない様子で煙草のフィルターを噛み潰した。



「臨也にはめられるなんてほとんど日常茶飯事でしょ?もうほっといたら?」
「俺はあんなノミ蟲野郎ほっといて平穏な生活を送りてぇのにあいつがわざわざ“俺の周り”で騒ぎを起こしやがるんだあぁむかつくぶっ殺す!!」
「ははは…それは大変だね…」
「何でアイツはこんなに池袋に執着しやがるんだ!!」



 ぶちりとフィルターが噛み切られる音がして、続いてギリギリとソファに爪を立てる音が聞こえる。さらに真上からは静雄が「早くしろ」と鬼の形相で睨むものだから、新羅は苦笑いが顔面に張り付いていた。手際よく包帯を巻き、止血をする。きゅ、ときつめに巻いた患部をトンと叩いて、新羅は顔を上げた。



「はい、終わったよ。料金は僕n「世話になった!!」



 にこりと笑って新羅が差し出した右手、を盛大に跳ね除けて静雄は立ち上がると本調子ではないはずの両足で床を踏み抜かんばかりの勢いで玄関の扉へとまっしぐら、勢い余ってドアノブをひん曲げ扉は開け放したままマンションの階段を大音量で駆け下りていった。また料金を踏み倒されてしまった、と取り残された新羅は肩をすくめ溜息をつく。ソファ脇に広げていた包帯、消毒、ピンセット(ソファを血の海のごとく染めるほど出血していた者への治療用器具としては些か簡易的に思われるが、平和島静雄の場合大抵の傷がその三つで事足りた)を手早く片付けると、新羅はリビングから自室へと続く扉を開けた。



「もう大丈夫だよ」



 カタン、と椅子の引かれる音がして、男は溜息をついた。



「まったく、毎回毎回シズちゃんもなんてタイミングで現れるんだろうね」
「怪我するたびに二人して僕のところに来ては鉢合わせてるからね、きっと腐れ縁だよ」
「勘弁して欲しいなぁ!」



 ジャケットをひるがえしお決まりのポーズで臨也は笑う。静雄よりも少し前に新羅宅を訪れていた彼は、階段を四段抜かしで走る音を聞き取りすかさず新羅の自室へと身を隠していた。家主としては犬猿の仲である二人が鉢合わせ自宅の修理費がかさむという事態にならなかっただけありがたい限りである。
 新羅は帰り支度をしている臨也の背後から声を掛けた。



「臨也もさ、なんで池袋にこだわるのか、いいかげん教えてあげたら?」
「は?」
「あのね、僕にはバレバレだよ」
「何言ってんの」
「好きなんでしょ?」



 ぴたりと止まった背中が振り向いて、怪訝そうな顔をした。



「…新羅、頭おかしいんじゃないの?」
「臨也が静雄にこだわってることなんて一目瞭然、もうストーカーレベルに執着してるじゃないか」
「なにそれ」



 俺を犯罪者と一緒にしないでよ、そう言って臨也はわざとらしく溜息をついた。犯罪スレスレの事ばっかりしてるくせに。新羅は戸棚を閉めて苦笑した。「帰るよ」と素っ気無い声が聞こえて、ついで扉の開く音がする。



「俺がシズちゃんに思うのは、“早く俺の知らないところで死んでくれないかな”、ってことだけだよ」



 じゃあね。

 ドアの隙間からそれだけ言い放つと、スリッパが床板を打つ軽い音をさせた後極静かに玄関の扉が閉じられる。



「“俺の知らないところで”、だって」



 対照的に振舞おうとしているのがまるで明白で、それがどうにも滑稽で新羅は声を漏らして笑ってしまった。ひとしきり笑った後、ふう、と呼吸を整えるように深く溜息をつき、新羅は呟く。






「病膏肓に入る、臨也のアレは、もうどうしようもないね」






 自分の気持ちに気づいてるくせに、さ。






 着慣れた白衣をひるがえして、僕には治せそうにないなぁ、と闇医者は皮肉そうに笑った。





















(恋の病は専門外だよ、残念ながら、ね)




















名医も治せぬその病





110109

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臨静+新羅がとても好きです。
臨静未満というよりも臨→静未満というかもだもだ。










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