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CLAP THANKS
お礼短編 // トム静












 あ、と思った瞬間にはもう俺の肩は濡れていて。周りの人々がバタバタと走りすぎる中で、俺は火のつかない煙草をかみつぶしては項垂れていた。手近なビルの屋根下で雨宿りをする俺は、夕方薄暗い雨模様の池袋を眺めてみる。一人、二人と、視界から人々は走り去って行って、しまいには都会とは思えないほど閑散とした光景が俺の目の前に広がった。どうしようか、いつ止むだろうか、と考えているうちにも、はす向かいの軒下からは迎えの傘に連れられてまた一人、一人と消えていく。それを見ながら、俺は少しさみしく思う。



(あ、)



 こんな時に浮かぶのは決まって彼の顔で。ちょうどあの日もこんな雨の日で、時間は夕暮れではなかったけれど、彼は黒い傘をさして、俺を見ると懐かしそうに名前を呼んだ。男二人で窮屈な傘に入って肩を濡らし、思い出話に笑い合って、その後俺は彼と一緒に仕事を始めた。今みたいにサングラスをかけていなかった俺は、目頭が熱くなるのを必死にごまかそうとわざと雨にぬれたりしたっけか。思い出しては苦笑いをする。あの時彼がいてくれたから、そしてもし今彼がいてくれたなら。

 雨に濡れたせいで、火がつくこともなくしけってしまった煙草はゴミ箱に投げ入れて、俺は胸ポケットから愛用の煙草ケースを取り出した、が。濡れた手のひらの上でプラスチックの舗装はするりと滑り、アスファルトの上へ。俺はそれをまるでスローモーションのように見送りながら、ぽちゃり、と自らの煙草が水たまりに沈むのを眺めていた。あぁ、どこまでもついてない。ともかく拾おうと俺はしゃがみこんだ。



 と、落ちる影。降る声。






「お、静雄じゃん」






 もしかして、もしかしなくても、と顔を上げた先で差し出された黒い傘に、俺はなぜだか叫びだしたいくらいに瞼が熱くなったのだ。










運命を信じたくなるのは
あなたのせいです








ぱちぱちありがとうございます!

トムさんは運命の人だと信じて止みません。きっと静雄のピンチには必ず助けに来てくれるそんなトムさんが好きです結婚してほしいです静雄さんと。

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