私がここに来てから、早くも10日が経った。
早いな、なんて考えながら、私は今日はずっと眠ることにした。
如何せん、頭が痛いのだ。



(青紫と緑)



「天女様!朝食を持っ…ししし失礼しましたあああ!!」
「…。」


顔を真っ赤にして襖を閉めるあの豆腐小僧こと、久々知君やらに私は大した反応をすることができなかった。
確かに、私が今健康的ならば何かアクションなり起こしていたと思うのだけど。

まあ簡単に説明すると、上半身を、肌を、…乳を見られた。
本格的に私は風邪を引いてしまったらしく、熱もあるようだ。
吹き出る汗を拭おうと着物を脱いでいたのだけど、私も頭が回らなかったみたいだ。朝食を届けに来ることくらい、分かりきっているのに。
まあ、こんな状態じゃあ回る脳みそも回らないんだけど。

ある程度汗も拭えたところで再び着物を着直す。
ぼやける視界に覚束ない足取りで何とか襖まで手を伸ばすと、ゆっくりゆっくりとそれを開く。
部屋の外にあったのは、依然と顔を赤くして、更には鼻を押さえて目をかっ開いている久々知少年の姿だった。


「み、見てませんから…!」


いや、見ただろ。
私が出てきたのが予想外だったのか慌てふためき必死で弁解する久々知君。
だけど私は声を出すのも億劫で、小さくため息をつくと床に置いてあった豆腐御膳に目をやった。


「あ、えと…朝食…」
「…、」


いらない。
そう言おうと口を開くが、声が出ようとしない。
おさまらない頭痛に、眩暈。あと少しの吐き気。
久々知少年は私の様子がおかしいとやっと分かってくれたのか、大丈夫ですか?と心配そうな声色で言葉をかけてくれた。
大丈夫じゃありません。
そんなことが言えるわけもなく、私はバタッと体が床に倒れるのを感じた。
痛かった。だけど、それを感じないくらいの早さで、私は意識を手放した。

気が付くと、私は自分の部屋にいた。
私の世界の、私の家の、私の部屋だ。
もうしばらく見てなかった現代に私はパチリと目を瞬かせる。
戻ってこれたの?
嬉しくて、嬉しくて、すぐにドアに手をかけた。
だけど、

「あれ…?」

ドアは開かない。
いくら動かしても、ドアノブが下に下がることはない。
どうして?どうして?
あの世界のことがフラッシュバックして、孤独感が押し寄せてくる。
いくらドアを引いても、いくら泣きわめいても扉が開くことはない。
お母さん、お母さん。
心の中で、何度も呼んだ。
そしたらトコトコと足音が聞こえてきて、私は母が来てくれたのだと無我夢中で母を呼んだ。
しかし、返ってきた言葉は、とても残酷なものだった。


『――――――。』









「天女様!」
「…。」
「天女様!よかった、目が覚めて…」


目は覚めた。
それと同時に頭も冷めていく。
どうしようもない喪失感。
さっきまでの光景は、夢だったのだ。
母はいなくて、部屋に一人閉じ込められて、今の状況とは、そんなに変わりはなかったけど。
ゆっくり目だけで辺りを見渡すと、そこは知らない部屋だった。
大きな箪笥があって、包帯のようなものも転がって、薬品の匂いもする。
保健室のようなところだろうか。
きっと隣で私の顔を覗き込んでいる久々知少年が運んででもしてくれたんだろう。


「まだ起き上がっちゃダメです!」
「…、」


体を起こそうとしたら、怒られた。
それは久々知君にじゃなくて、久々知君の反対側に座っていた、あの、緑の着物を着た、茶髪の人だった。
私が睨めば罰が悪そうに顔を歪め、小さく謝った。
思い出すのは昨日の夜。
この人はちょうど見張り役で、私は外に出させてもらい、それで多分、風邪を引いてしまった。
散々注意されたのに結局風邪を引いてしまった。
恥ずかしい話だけど、正直、今は関係ないくらいにしんどかった。
体だけじゃなくて、心も。


「ご飯を、食べていないからですよ」
「…。」
「体が弱って、免疫力も落ちてます」
「…。」
「来た時と比べたら、随分痩せて…いや、やつれているし…」
「…。」
「もう少しご自分の体を…」
「…うるさい」


姑のようにねちねちと。
こちとら気分は最悪だと言うのに。
頭は痛いし、なのにぼうっとする。
全身は熱いのに寒気がする。
体の節々は痛いし、なんかインフルエンザにでもかかったみたいな感じ。


「うるさいって…私はあなたを心配しているんです!」
「う、ん…わかっ、たから、…静かにしてくださ、い…」


急に叫んだその人には驚いたけど、大きな声にズキリと痛む頭に、驚くどころではなかった。
それに気付いた久々知少年もその人も慌てて大丈夫ですか?すみません!と言ってきたけど、うん心配なら静かにしてほしい。
そういう意味を込めて、人差し指を唇に添えた。


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