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とりとめのない小品

ぼんやりした男の話

何かのはじまり
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そう言えば、悪くなかった。
唐突に頭に浮かんだ青年の面影を懐かしく思う。
照れた顔も、エロい顔も、一生懸命さも、引き際の鮮やかさも、とても好ましかった。

ああそうか。

俺はあいつのこと、それなりに気に入っていたのか。

「んっ……ふ、は」

酔っ払いの蕩けた瞳が、至近距離でぼやけて見える。
こいつの名前、何だっけ。
覚えてない。

ツレの連れ。
俺もこいつも、オトコ。
さっき初めて会ったオトコ同士、何が悲しくて酒臭い唾液を交わさなきゃならねえのか。

ふらふらと便所から戻る途中、横から伸びて来た腕に捕まって暗い部屋に引きずり込まれた。
そう言えば、やたらと目が合ったっけ、と思い返す。
ああ、そう言う事か。
煙草臭くて安っぽいソファーに体を押しつけられて、なすがまま。
隣の部屋から聞こえる、ツレが歌う十八番のバラードをBGMにくちゅくちゅと水音を立てる。
相変わらず同じ所で音を外した歌声にふっと笑いを洩らすと、目の前の光が瞬いた。

「やっぱり、いけるんだ? オトコ」

「……さあ」

「何それ」

俺の舌はその問いかけに応える為じゃなく、再び侵入してきた舌を愛撫するために動く。

悪くは、ない。
快感は、嫌いじゃ、ない。
呼び起された欲望が、アルコールの力を借りて体の隅まで巡っていく。
脈拍が早まって、呼吸が荒くなる。
所謂、興奮状態ってやつ。


空気を切り裂く音と共に、ぼんやり聞こえていた廊下のBGMがやけに明瞭に耳に届いた。
俺の上から突然消えた重み。
温もり。

それから齎されたの頬への衝撃。
そして血の味。

ぐわんぐわんと脳が揺れて、良く見えないんだけど、ああ、そうか。
廊下からの光に照らされて燃え上がる赤い髪の毛。

「何してやがる」

オマエか。

「俺の連れに手出してんじゃねえよ」

なんか、久しぶりじゃねえの?
こんなまともに顔見合ってるの。

「最低」

怒ってんね?
嫌がる俺を、オマエが無理やりカラオケに連れて来たんでしょ。

「最悪」

真剣な顔。
すっげえ格好良いよね? オマエ。
前から思ってたけど。

「ムカツク」

ああ、そうか。
見つめ合うだけでこんなにテンションあがるくらいには、俺オマエのこと好きだったみたいだわ。
年下の癖に生意気で、でも、憎めなくて、俺には到底敵わない才能に溢れたこのツレが。

眩しくて眩しくて。
隣にいられる事が嬉しくて。

「消えろよ! もう!」

その権利は失っても、こうして正面から見られるなら、まあ、それも悪くないかもしれない。


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