「
ワンドロ」
傲慢
第25回お題
『傲慢』
『どうしたらいいの』
『ひとりごと』
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マットレスに頭を預けて息を吐き出せば、更に酔いが深まりそうなほど酒臭い。明らかに飲み過ぎだ。
床に転がるビールの缶を数える。四個、五個。あー。床に投げ出した自分の足の向こう、机の方にまで転がって行っている。
隣人があんな調子じゃ俺が素面を保っても仕方がない。俺様のベッドを占拠して寝息を漏らす男を恨みがましく睨みつけるのも、暫くすれば飽きてしまい。俺も思い切り酔っ払いたくて、苦い炭酸を無理やり喉に流し込んだ。
ちゃぽちゃぽするお腹をさする。
本当に何をやってるんだ…。
ポスンと背後マットレスが揺れたのに振り返る。顔のすぐ横に弛緩した手のひらが落ちていた。これ、貰えないかな、と思う。この半年、不用意に触れられるたびに思っていた。これはきっと人のものなのだと。俺のじゃない。なのになんで、俺に触れるんだろうか。俺に触れるために存在してる訳じゃないのに。
欲しいなあ。
これ。
じっと見つめれば、少し動いている。それが男の鼓動や呼吸のせいなのか、俺の目が回っているのか、判断つかない。
欲しいなあ。
頭の位置をずらして手のひらに頬を寄せる。熱い。俺の頬も負けず劣らず熱いのだろうけど。
普通、の、男の手。
親指に唇を寄せる。顔を横に振って、口角から逆の口角まで、少し塩辛い指を往復させる。上唇の中央で少し引っかかるのが面白い。
「……松浦くん」
「……」
「俺、これ、どうしたらいいの?」
「……」
「あ! ちょっと、止めて、咥えないで! ヒィ、舐めないでー」
口では嫌がっているが、指を引き抜くことはしない。そんな曖昧な態度、知ったことか。
「ごめんねー。寝ちゃってた……よね?」
「……」
「う。わ。え? こんなに飲んだの?」
「……」
「大丈夫ー? あーららお顔が真っ赤……とろーんとして、ったく、松浦くん勘弁してよー」
盛大なひとりごとだ。
俺は指を吸うのに忙しい。
悪いが構ってやる暇はない。
塩辛さが薄れて、少し満足する。
「え、人差し指……? ああーもう。まずいって……」
親指よりも長い人差し指は、根元まで口に入らない。指先を頬の内側に押し付けるようにして、舌を駆使して漸く根元に届いた。口が半開きになって、ペチャペチャと水音がたってしまう。
「エロいねえ……イケメンのエロい顔、すっげえ破壊力……」
「……」
「ねえ、抱いていい? それとも俺のこと抱く?」
「……」
「そのつもりだったんでしょ? 俺、どっちでもいいよ?」
「……」
「そんなとこにいないで、こっちおいでよ」
ちらりと目線をやれば、いいことしようよーと男が笑う。デパートに連れて行ってよ。北海道物産展やっててさー、このラーメン超美味しそうじゃない? いつだったか、そう言っていたあの時の舌なめずりと同じ顔。
自分勝手。
大嫌いだ。
本当に迷惑。迷惑でしかない。
会社では、隣の部屋ってだけで俺まで妙な目で見られる。何故か頻繁に足にされる。それを同僚に見られて、更に噂が立つ。
仕事がやりにくくて仕方がない。
なんでこんな奴を好きだなんて思ったのか。
大嫌いだ。
大嫌いなのに。
なんで俺は言うことを聞いてやるんだろう。
二人分の体重を受けて、そう高級でもないマットレスがギジリと鳴る。
「多分、勃たない」
跨いだ男の顔が近い。息が、体臭が、酒臭い。お互い様だろうが。
「んー……あーそうかも。俺もか……勃ってもイけねーかな?」
「っん……」
「感度いいじゃん」
男の手のひらが俺の体を撫でていく。皮膚の柔らかな部分は、たとえ服の上からでも、触れられれば危うい擽ったさを感じる。
「触りたい」
「……」
「松浦くんを触りたい」
「……」
「このさ、綺麗な体に、ずっと触りたくて堪らなかった」
触りたいと言いながら、俺の承諾もなしにすでに触れている。本当に勝手だ。シャツの中に潜り込んできた熱い手は、ビールで冷たくなった腹に心地よい。
「捻りがねえな。今までの奴、そんなんでよく口説けたな?」
「口説かないってば。言ったじゃん、」
「襲われた?」
「そーお。本当だもーん」
むう、と唇を突き出してみせるが似合わない。そもそも男臭い顔立ちに、無精髭が目立ち始めている。
「抵抗したとは思えねえよ」
「そうだね」
「じゃ一緒だろ」
男の鎖骨に軽く頭突きをかます。お返しのように男の指が胸に触れて、意図せず声が漏れた。
「そうかなぁ」
「俺はごめんだ」
好きでもない人間に触れられるなんて。
ただ触れられるだけだって、気持ち悪いとしか感じない。それなのに、セックスするなんて。ああ、考えただけで鳥肌が立つ。死んだってごめんだ。
「自業自得だからね」
「因果応報」
「それそれ、身から出た錆」
カラカラ笑う口の両側を掴んで、間抜けな顔を作り出す。アヒルのように突き出た唇に噛み付いた。
「痛い、痛いよー」
仕方なく、歯型の残るそこを舐めてやる。唇の内側に少しだけ血の味がした。
「べろ」
促されて舌をつきだせば、同じように突き出された男の舌と触れる。柔らかいような硬いような、濡れた生き物が俺の舌を舐め、絡み付こうと必死に蠢めく。
はあ、はあ、という息づかいと僅かな水音。頭の中でそれらが反響して、耳がクワーンクワーンと鳴る。
「目が回る」
マットレスに立てていた腕が潰れて男の上にのしかかれば、コロンと転がされた。俺の隣に男がいる。三輪が。目を細くして。俺を見ている。
「……」
膨れ上がる渇きに口を開けば、三輪がそこに欲しかったものを差し入れた。