「
ワンドロ」
虚ろな人形
第24回お題
『欠席』
『髪飾り』
『マリオネット』
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酔っ払いの体は重い。足元が覚束ない隣人を何とかベッドに横たわらせる。いつに無くご機嫌な男の顔を覗き込むと、悪戯な手が髪の毛を弄んだ。
「伸びてきたね」
「鬱陶しいから、そのうち切る」
「似合ってるのに」
くるくると指に巻きつけては、その束を耳にかけ、ついでのように耳をくすぐっていく。それに真顔で耐えるが、顔が熱い。
……全部酒のせいだ。
アルコールに強くもない俺があれだけ飲んだのだから、赤くなって当たり前。
「松浦くんをね、初めて見たときはさ、ここにお花つけてミニスカで踊ってたっけー」
「っ、忘れろ」
「エゲツないよね。ウチの忘年会」
まだ半年前、なのか、もう半年前なのか。この支社に転属されて二ヶ月、やっと落ち着いてきた頃に催された忘年会での悪夢がよみがえる。
「全社の旅行とか、松浦くん参加したことないでしょ?」
「面倒」
「うぷぷ。営業は参加強制なのよね、あれ。」
「最悪だな」
まあ、ね、とアルコール臭い息を吐いた男が、人のベットの上、大の字で弛緩する。
飲み過ぎだ。
この男、人の家に来てからワインのボトルを空けやがった。一人で、だ。ぺちゃくちゃご機嫌で話しながら、ビールでも飲んでいるかのように杯を重ね、気付けば空。
馬鹿だ。
最悪だ。
据え膳、とまでは言わないが、それなりにその気でいたというのに。
へらへらと始終楽しそうにしている男に、怒りよりも呆れが先立つ。仕方がない。水でも持ってきてやろう。冷蔵庫にミネラルウォーターが幾つかあったのを思い出して腰を浮かせる。が、立ち上がることができない。
「何?」
無駄に長い腕が俺の腰に巻きついてきた。
「俺のさー、噂」
「知ってる」
「そーだよねー」
この支社への転属が決まって、この寮の、この部屋に入居が決まってから、何度聞かされたことか。全員、同情染みた下がり眉に、隠しきれない好色さが口角を上げていて、吐き気がするほど醜悪だった。
「ヘコむわー」
「何を今更」
「信じてる?」
信じるも何も、殆どが事実なのだろうと、この半年で理解した。
「男も女もいける無節操?」
「あー……ねー……」
「しらねーよ。寮の隣の部屋のヤツはみんな食われちゃう?」
「俺が食われちゃうんだけどね」
へえ、と相槌を打てば、男が頭を抱えて身悶える。
「枕営業で入社?」
「それは初めて聞いた。そんな噂もあるの?」
「営業部長の愛人兼操り人形」
「わー。愛人とか昼の連ドラみたいだねえ」
「枕営業で大口契約?」
「それなー」
否定も肯定もしない曖昧で要領を得ない返答。へらへら笑う男の額をピシャリと打つと、その手が捕らえられた。イラつきのままに顔を押しつぶすが、高くて硬い鼻が邪魔をする。
「なあ、俺、横恋慕とか、人様のを寝取るとか、趣味じゃねえんだけど」
むがむが何か文句を言っている男の耳に囁く。それだけははっきりさせないと、どうしていいのかわからない。
なあ、お前はさ、俺の事好き、でいいんだよな? そう思っていいんだよな?
だって、バーで、誘われてくれたのは、好きだから、だろ?
違うのか?
酔いの醒めた頭が冷静さを取り戻す。今日の全てが茶番に思えて、可笑しくなってきた。