「
ワンドロ」
デート
第34回お題
『蒼と白』
『困り顔』
『「それ以上はやめてくれ」』
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俺が誘ったのだが、陽の光の乱反射が二日酔いの目を焼く。
「では最後に、イルカとキスをしてもらいまーす」
ウエットスーツに首から下げた笛。日焼けした顔面に爽やかさを絵に描いたような笑顔。ザ飼育員に促されてプール側に立つ。
イルカショーだ。水族館といえばこれだろう。
小学生くらいの女の子が歓声をあげてイルカとキスをする。母親と一緒の小さな男の子は泣き出してしまった。その次の三人目。俺の番だ。
「あの」
「はい、何ですか?」
ちらりとプールの向こう岸を伺えば、挙動不審な三輪と目が合う。へらりと締まりなく笑うその顔に微笑み返してやれば、ざわりと会場が沸いた。
お前がデートがしたいというのならば、そのつもりでやってやろうじゃないか。
「実は」
「?」
「昨日恋人と付き合い始めたばかりで」
「は、はあ?」
「いきなり浮気はしたくないので、キスは辞退させてください」
必殺の営業スマイルが、ぽかんと口を開けた飼育員の瞳に写り込んでいる。
蒼いプールの水と海獣が泳ぐ白い飛沫を横目に、ゆったりとした足取りで観覧席に向かう。迎えてくれるはずの恋人の姿はそこにない。
半屋外のショー会場から薄暗い室内展示場に戻ると、通路を曲がった先で長身の男が壁に張り付いて悶えていた。さながらムカデかゲジゲジか。挙動不審さに磨きがかかっている。
「……なんなのー」
「お前が好きかと思って」
「松浦王子……超破壊力……ヒットポイントゼロ」
「生きろ」
「SAN値ガリガリ削られた」
真っ赤な顔でちらりとこちらを睨みつけてくる。
「さんちって何?」
「えー? 正気度? おかしくなっちゃうよー」
「はっ! いいじゃん、狂えば」
「はイ?」
「俺様に狂っちまえよ」
壁なんか抱いてないで俺に抱きつけば? と胸を開いて待ち構えれば、両手で顔を覆う。三輪の分際で無視とはいい度胸だ。
「もう無理」
「何が?」
「ゴメンナサイ。許して」
「だから、何を」
「…………好き」
「愛してる」
「……それ以上はやめてえええ」
そう言われても困る。
「何でいきなりそんなキャラなの……」
しゃがみ込んでしまった三輪の隣、壁にもたれかかると上目遣いが見上げてきた。
「外面?」
「いつも俺といるときは違う……」
「そうか?」
「キラキラしてた。凄い……松浦王子は実在する」
「それ何、王子って」
「え? 松浦くんのあだ名? 女の子達とか、みんな王子って呼んでるよ」
途端に饒舌になった三輪の方に少しずれて、その肩に体を触れさせる。びくりとこちらを見上げた困惑顔は、真一文字に口を閉ざしてしまった。