まものの心
二寸の恋心@
01

 その虫は前世の記憶を持っていた。
 その記憶の最期は、緑の瞳。魔物には珍しい深い緑を欲望に滾らせた、美しい獣。激痛は一瞬だった。




 この世には魔族と呼ばれる魔力を糧として生きる生物がいる。魔溜まりに生まれ魔力を狩るそれらは、他の動物のように進化を経る事もなく、様々な種を孕む。
 高位と呼ばれる強大な力と知性を備えたモノ。虫のようにただ地を這いずりまわり他の糧として消えていくようなモノ。無秩序であるかのように見て、魔王と呼ばれる最強の魔の下に不文律にまとまったその国を魔界と呼ぶ。


 さて、その虫……いや、他と異なるモノであるのだから、彼の事はキノと、そう呼ぶ事にしよう。キノには虫にはない筈の知性が備わっていた。あるいは他にも知性を持つ個体はいるのかもしれないが、その存在はキノの知るところではない。
 そして、キノには知性の他に生まれる前の記憶があった。前世と言うヤツなのだろうと、キノは理解していた。一つ前は今と同じ虫であり、その前は、人であった、らしい。もう数百年も前の記憶は朧げであったが、自分はキノである、と言う事はだけは今でも確かに覚えている。
 本来、虫は魔溜まりに湧き、その周囲に蠢いているところを他の魔族に食われてその生を終える。その姿はナマコのようで、体は芋虫のように柔らかく、単純な生き物であるが故に魔の純度も高く、中々の美味であるらしい。一匹が持つ魔力は微々たるモノだが、直接魔溜まりから啜るよりは効率良く魔力を摂取でき、咀嚼による満足感も得られる。そして簡単に狩る事ができるのだから、どうやらオヤツやスナックのように扱われているらしかった。

 キノは今生、自我を覚えるとともに急いで物陰へ隠れた。意外な事に虫の動きは素早い。前世ではネズミと馬を混ぜたような魔物から逃げ果せた事もある。
 まず小さいので隙間に潜り込める。色も目立たず、内包する魔力量が少ないので嗅ぎ取られにくい。潜んでいればまず見つかる事はない。そして虫は続々と湧いて出る。その辺に蠢く愚鈍な虫がいるのだから、俊敏に逃げ隠れるキノをしつこく追ってくる天敵は少ない。
 虫の食料事情も容易かった。概して魔物は魔力のみがエネルギー源であるのだが、虫は消費するエネルギーが少なく、微かな魔力さえ摂れればそれで十分。狩りに出かける必要はなく、口にするのは体の周りにある物、土でも良い。猛毒でさえなければ、植物でも良い。枯葉でも十分。一日に体の大きさの半分程度の量を食べ、排泄する。

 生きる。

 ただそれだけを目的とするならば容易にそれが果たされる。どうやら寿命も人とは桁違いに長いらしい。老いや病気とも無縁。中々のイージーモードだ、とはキノの自評である。


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