まものの心
二寸の恋心A
04

 鏡越しに緑の瞳と見つめ合う。照明の当たりが悪く、影となったハイルの表情は良くわからない。

「……いかがでしょう?」

 キノが恐る恐る口にした問いかけにもハイルは動く気配がない。少しばかりは期待したのだが、ハイルのこの態度にキノは失望を覚えた。やはり姿形だけが美しくなっても内面が伴わなければ駄目なのか。
 魔王に促された変体は成功だった。今、魔王の執務室の大きな姿見には儚げな佳人映り込んでいる。魔王か、それともこの鏡かが悪意ある悪戯をしていない限り、キノは美しく生まれ変わったと言える。
 ふっくらと柔らかそうな体に、白く粉をはたいたような肌。額を飾るふわふわと丸い二つの触覚。頬の横で揺れる銀色の髪は絹の手触り。派手な美人ではないが、このあどけない愛らしさは冷徹な鬼の目尻を下げさせる凶悪なものだ。
 これで駄目だと言うのならば、大きな体か、もう一揃えの腕が欲しかったとキノは思う。そうすればハイルに食べて貰える部分が増えたのに、と。
 姿が変った所為でハイルのキノへの思いが後退してなければ良いのだが、と不安を覚えながらも、キノはゆっくりと番いの元へ歩み寄る。キノを凝視したままのその緑の瞳を覗き込みながら、触れていいものだろうか、と持ち上げた片手をそのままに逡巡していると、その手首を大きな手に掴まれた。

「っつ、」

 骨が軋む痛みに顔を顰めたキノの頭上に、ハイルの舌打ちと重たいマントが降ってきた。ハイルの暖かさが染み付いたマントはキノの全身をすっぽりと覆ってしまう。
 やはり触れられたくなかったのだろうか、とか、見たくもない程不快だったのだろうか、とか、マントの内側でキノは暗く落ち込みながらもハイルの匂いをフンフンと堪能するのに忙しい。

「あれ……」

 その時、ふと、あり得ない芳香がキノの鼻をくすぐった。

「!」
「え? ハイル興奮して……? なんでコレ、こんな……?」

 慌ててマントから顔を出したキノがハイルの股間を凝視する。ふるふると震える白魚のようにたおやかな指が、硬い軍服を盛り上げる不躾な塊を握り込んだ。

「う、」
「これは、私? 私でこうさせているんですか?」
「くっ! 貴様……!」

 顔を赤らめ見つめ合う恋人同士のぎこちない動きに、堪え切れなくなった魔王が腹を抱えて笑う。それにも邪魔されることなく、ハイルとキノの興奮は高まるばかりだ。

「とりあえず、君たち、家に帰った方が良いと、思うよ」

 転送の魔法を繰り出しながら、魔王は目尻に涙をにじませながらも優しげに微笑んだ。
 この夜がキノとハイルの初夜であったことについて別段に説明の必要はないだろう。その日飲んだ酒は格別にうまかったと、後年魔王は事あるごとにキノを揶揄ったという。


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