会長^2
会長襲われた
05

勿論、応答はしない。



再び、ノックされる。
先程より音が大きくなっている気がするのは、負い目からだろうか。



どきどき。

心臓が煩い。



「失礼します」

左ノ助の声と共に扉が開く音がした。

毛足の長い絨毯の上を、くぐもった足音が移動する。



「あら、逃げたわねぇ」

ころころと笑う声。



どきん。



「旦那様、どうぞこちらへ」



影が差したのを見上げると、執事が窓をバックに立っていた。

はい。
すみません。

お見通しですね。



机から這い出ると、執事の手を借りて立ち上がった。
ハーフ丈のボトムから露出した膝小僧を軽くはたく。



「まあ、時雨さん?」

「絹江さん……」

駆け寄ると、品の良い若草色のスーツに身を包んだ小柄な体を抱き締める。

縮んでしまった背丈でも、絹江さんを包み込めることにほっとした。



「心配かけたね」

「そうねぇ。すっかり可愛らしくなられちゃったわね」

「こんな私では絹江さんに釣り合わないね……」

自分で言って悲しくなってきた。

「私を捨てないでくれるかい?」

「いやだわ、そんな惜しいことしませんわよ」

しょんぼりと垂れた頭を撫でられる。
優しい手に、思わず涙腺が緩んでしまう。

「絹江さんっ、愛してるよ」

再び腕の中に包み込む。
なんて愛おしいんだ。

「あらあら、困った人ね」

27年前に神に愛を誓ったあの日と何一つ変わらない絹江さんの笑顔。
癒されるね!



「会長」



おっかないオーラに背中の産毛が逆立つ。
そろそろと振り返ると。



「会長、わきまえて頂けますか」

「すみません」



秘書殿がご立腹です。

「怒られちゃったわね」

「うん。絹江さん、ごめんね」

名残惜しいが仕方がない。
本気で怒った佐々木は、本当に恐ろしいんだから。



「右助、口が過ぎるぞ」

執事が応接セットに執務机の安楽椅子をセッティングしながら、秘書を睨みつける。

「旦那様、こちらへ」

「ああ」

導かれて腰掛けるが、落ち着かない。



左ノ助の剣呑な眼光にもどこ吹く風といった様子の佐々木は、皆をソファに促していた。

流石だ。
到底真似できない。



今だって自分が睨まれてるわけではないのに、ビクビクしてしまう有り様だもの。

ぎょろりと剥いた左ノ助の目からは、ビームでも発射されそうな勢いだ。
恐ろしい。


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