会長^2
会長襲われた
17

「だって、昨日のオペラは二ヶ月も前から指折り数えていたんだよ! 絹江さんと見に行けるのを、本当に、本当に、楽しみにしていたのに……狡いじゃないか!」

キッと可能な限りの眼力を以て浩太郎を睨み付ける。

「……おとうさん……」

「浩太郎!」

うろたえる義息子にたたみかける。

「狡いったらないよ」

「す、すみません」

「私の楽しみを奪った罪は重いんだからね」

「はい」

「浩太郎、誠意を見せなさい!」

「誠意、ですか……」

「うん」

にんまりと笑いかける。

「ヨーロッパ公演のチケットと、旅行の手配で手を打とうじゃないか!」

勿論、絹江さんと二人分だ、と愛妻にウィンクを送る。

「まあ、素敵ねえ」

にっこりと笑いあう夫婦の間に、わざとらしいため息が流れた。


「お話中、失礼いたします。社長、約束のお時間が差し迫っておりますが、いかがいたしましょうか」

タイトスカートから伸びる長い足が絨毯を踏みつけて近付いてきた。

先程、控えめなノックと共に秘書室から姿を現した美人さんだ。フルメイクのうりざね顔に、乱れなくまとめられた黒髪。
少しハスキーな声が、女性にしては比較的長身の彼女にぴったりだ。

「あ、ああ! そうか。そうだった。」

わたわたと慌てる社長と、落ち着き払った社長秘書との落差が面白くてならない。


「やあ、朔夜くん、今日も綺麗だね」

「お褒めいただき、ありがとうございます」

ちらりとこちらに送られる視線は冷たい。
寂しいなあ。

「佐々木課長、社長をお連れしてもよろしいでしょうか」

「ああ、会長の件は私たちが対応する」

「はい。社長、10分後に出られますでしょうか」

「う、うん。分かった」

社長秘書の言葉に、中途半端に腰を浮かせた浩太郎に威厳の欠片もない。
全く、困ったものだ。

にやにやと二人の様子を眺めていると、社長秘書の鋭い眼光がこちらに向けられた。

「差し出がましい事を言うようですが、会長」

「なんだい?」

「海外旅行は、暫くお出かけになれませんよ」

「ふえ?」

思ってもみない言葉に、変な声が出た。

「どうして……」

思わず会長秘書、それから執事に視線を送る。
執事がおもむろに口を開いた。

「……パスポートをお使いいただけませんので」


!!!!!

なんと!!!!!!!


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