会長^2
会長襲われた
09

阿隅の報告と、自分の記憶に隔たりがある。



薬品を嗅いだせいで朦朧としていたのかもしれない。
が、

「どうも妙だね」

「と言いますと?」

独り言も拾ってくれる、優しい警備隊長だ。



こんこん



ふわり。

控え目なノックと共に香しい空気が室内に漂った。

いつの間にか退室していた右助がワゴンを引いて給仕する。

皆には紅茶を。
起き抜けの私には……

「カフェ・オ・レ?」

普段ブラックしか飲まないのを知らない筈がない。

「はい。念の為、ブラックもお持ちしましたが、試しにお召し上がり下さい」

秘書が微笑む。

……こんな緩い顔は久し振りに見た。
なんだ?
膝小僧効果か?



一口。
こくり。

コーヒーの香りがふわっと鼻に抜け、シロップとミルクの甘くまろやかな口当たりが美味しい。

「おぉ」

思わず笑顔が漏れる。

「右助! 美味い!」

秘書の仕事を称賛する。

固まった秘書が取り落としたカトラリーが、鈍い音を立てて絨毯に転がった。
膝小僧って凄い。



「ちなみに、ブラックは……」

ひょこんと勢いを付けて立ち上がると、制止される前にワゴンからカップを取り上げて口を付けた。

うん。
良い香りだ。

琥珀色の液体を口に含む。

「……ぶふぉっ。うえ、にがぃ」

何だこれは!
飲めたものじゃない。

思い切り顔をしかめる。



「旦那様がコーヒーを召し上がるようになられたのは、ご成婚されてからです。」

執事が言う。
微かに楽しそうだ。
私には分かるんだぞ。

……そう、確かに。
絹江さんの手前、初めは無理して飲んでいたのを覚えている。

「味覚も17歳なのか」



何とも情けない。



しょぼんと下降した気分は、魔法のように次々とテーブルに並べられていく皿によって、瞬く間に上昇した。

サンドイッチにオードブル。
ケーキスタンドもある。

テーブルに溢れんばかりに置かれた品々がキラキラ輝いて見える。



ぐぅ……。



そう、私は腹ぺこなのだ。

「頂きながらでも構わないかな?」

おなかの虫をなだめながら、周りを窺う。

皆が慈しみ深い微笑みを浮かべている。
まるで孫を見守るよな。



中身、おっさんなんだけどなぁ。



少し申し訳ない気分だ。


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テーマ「人外ファンタジー」
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