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脇役的事情
03

俊明がとっさに体をそらすと、椅子の背もたれが思ったよりもリクライニングした。

良い椅子だな。

目前の獣に全神経を集中させながら、頭の片隅ではそんな呑気な事を考える。
逃避行動だろうと、考えることすら逃避なのだろう。

悟が無言で片眉を持ち上げた。

「いや……ほら、コーヒーが」

手に持ったままのグラスを軽く振ると、カラカラと氷が自己主張した。

悟の視線がグラスに移った。
至近距離の捕食者からの眼光から解き放たれて、俊明の緊張が途切れる。

と、ゆっくり視線を戻した悟が、極上の笑みを浮かべた。


怖い。


本能がシグナルを鳴らしている。
危険だ。

だが、退路は、その危険物の向こう側。


「問題ない」

悟の手が優雅に動いて俊明からグラスを引き取る。

「アッ!!」

その行方を目で追う俊明の口から、短い声が漏れた。


胸から腹。
腿。
膝。

琥珀色の冷たい液体が水滴となって落下し、服に染みを作る。

グラスがカーペットの上で、ゴンと鈍い音を立てて転がった。
散乱した氷が蛍光灯の光を反射して、キラキラとカーペットを彩っている。

下を向いて、その一部始終を呆然と見ていると、大きな手で顎をすくわれた。
珍しく真顔の悟が、声を上げたまま小さく開いていた唇を噛み付いてきた。

「……ンッ、ふ……」

深くまで差し込まれた温かい舌に、ねっとりと口内を探られる。
この状態で刃向かう気のない俊明がそっと舌でそれに応えると、あっという間に絡めとられてきつく吸われた。
鈍い痛みと共に、くらくらとするような興奮を覚えた。

唾液が立てるぴちゃぴちゃと言う水音が、パソコンのファンの音に混じる。

お互いの舌を擦り合わせて、ざらりとした感触とぬめりとした感触を味わう。
性感を誘うその感触に、俊明の体に熱が篭る。
若々しい下半身はてきめんに反応していた。

悟のキスは、乱暴な様でいて、丁寧だ。

荒々しい刺激も計算のうちなのだろうと思う。
俊明も年相応の経験はあるつもりだが、到底敵わない手管に翻弄されてしまう。


「……っふ」

離れていく悟の瞼を見つめる。
薄い皮膚に血管が透けて見えた。
その奥の瞳に宿っているだろう色を想像して、俊明の呼吸が更に上がる。

「……コーヒー……」

「どうせ汚れていようがいまいが、クリーニングするんだ」

「……服」

「買ってやる」

「税金の無駄遣い」

「娯楽くらい許せ」

娯楽なんだ……。
自分勝手な悟の行動に、なすがままなのが悔しくて、口先だけの抵抗を試みた。
勿論、無駄な事とは分かった上で。

「冷たいんだけど」

じっとりと悟を睨み付ける。

その視線を受けて、嬉しそうに悟が笑った。

「じゃあ、脱がねえとな」







この……エロオヤジ!!







声に出さなかっただけ、褒めて欲しいと思う。


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