「
0°ポジション」
月曜日@[秋月 駿兎(あきづき しゅんと)]
僕を慕ってくれる。
可愛い後輩
でも僕は、ごめんね、こんなに浅ましい。
* *
机に腰掛けたオレを、駿兎先輩が見下ろしてくる。
いつもとは逆の立ち位置。
顔立ちが違って見える。
恵まれなかった身長をその技術力と運動量と頭の良さでカバーして見せた、憧れの先輩。
「ナっち……」
「っ」
甘い、声。
少し垂れ気味の目じりが更に緩んで、どことなく嬉しそうだ。
ああ、嬉しそう……だなんて……!
なんて自惚れなんだろう。
恥ずかしくて思わず目をそらすと、駿兎先輩の指がオレの顎に優しく触れた。
「こっち、向いて」
「……」
「ナっち」
先輩命令だから、なのか。
駿兎先輩の人間性なのか。
抗うこともできずにその言葉に従ってしまう。
その指も、言葉も、ふんわり優しくて強制力なんて少しも感じさせないっていうのに。
ゆっくりと近づいてくる先輩の顔。
いつも穏やかに微笑んでいて、可愛らしくて、部内のマスコットみたいな存在。
駿兎先輩が結構アツイ人間だったんだって知ったの、いつだったっけ。
その真っ黒な瞳に映るオレを見つめながら思う。
逸らされる事も、閉じられる事もないその強い眼差しに、オレの方が根負け。
そっと、傷だらけの汚い床に目を落とす。
あ、テーピングが転がってる。
誰ンだろう。
どきどきどきどき。
ダメだ。
ほかの事を考えていても。
ダメだ。
苦しい。
「…………」
ふわりと柔らかい。
感触。
そっと唇に触れたそれが、ゆっくり離れていった。
その瞬間にふっと微かに息が掛かって、駿兎先輩も息を殺していたんだと知れた。
オレは、勿論。
だって、初めてなんだから。
緊張して。
どうしたらいいのか分からなくて。
ゆっくり瞼を持ち上げると、真っ黒な瞳がオレを捕らえる。
「気持ち、悪かった?」
「……」
逡巡の後、ほんの僅かに首を横に振る。
そうすれば、駿兎先輩の顔に笑みが広がって、やっぱり、男なのに可愛らしいなあ、と思う。
気持ち悪い、と言うのが正解だったのかもしれないと、頭のどこかで分かってる。
けれど、きっとそうしたら、この人の顔は悲しく歪むのだろう。
それは、嫌だった。
それに。
本当に気持ち悪くない。
むしろ……。
「もう一回」
オレの気持ちがバレたんだろうか。
ぎくりと体が揺れる。
ちゅ。
今度はリップ音。
少し尖った駿兎先輩の唇が一瞬触れた。
触れた部分がくすぐったくて、上と下の唇とをもにもに擦り合わせた。
ぺろり、と舌で舐めてから、あ、ここに駿兎先輩の唇が触れたんだと思って、顔が熱くなる。
「嫌……じゃない?」
「……はい」
今度は、言葉で答える。
きっと言っちゃいけない言葉。
声に出したら、ほら、もう誤魔化せない。
良かったっと言って、オレの頭を抱きしめた駿兎先輩の鼓動が聞こえた。
ドキドキと、凄く早くて、煩いほど。
どうしよう。
言って良かったって、思ってる自分がいる。