「
0°ポジション」
火曜日B
オレの右手は、狐塚の唾液でべたべた。
今もくわえられた二本の指の叉から唾液が手の甲を伝う。
筋肉の浮く腕には、無数の噛み跡。
少し紫に変色した深くへこんだものもあれば、唾液だけが僅かに光るようなものもある。
これを、狐塚がつけたのだと思うと、よく分からない興奮が全身を震えさせた。
狐塚が。
あの、狐塚が。
アイドルみたいに整った顔立ちをして。
いつもふわりとセットされた明るい髪の毛。
同じ制服のはずなのに、狐塚が少し崩して着ていると驚くほどキマってるし。
同じ男なのに、同じ高校生なのに、どこか、完成品みたいだなって思ってた。
正統派っての?
オレみたいにグダグダ悩んだり、ズルかったり、根暗な部分なんて僅かにも感じない。
正道をいく漫画の主人公みたいなヤツ。
もちろん、1コ下だし、駄目な所もまだまだな所もあるって分かってるけど。
でも、もう既に磨かれた珠みたいな奴で、不恰好に飛び出たところなんてないって思ってたのに。
「ナっちせんぱい」
「あ、ンん……や、あぁ…………」
べろおっとオレの手を伝う唾液を舐め上げながら、こちらに熱っぽい目を向けてくるコイツは。
コイツは。
手首の内側に柔らかくキスした唇の間、真っ赤に熟れた舌が不埒にのぞく。
それが、れろり、と腕の内側を這い上がってきた。
ゆっくりと、生暖かいそれが、腕の内側を、這い上がっていく。
「ふ、……ぅ……ン」
徐々に持ち上げられた腕がロッカーに押さえつけられた。
オレの指と狐塚の指が絡みあう。
いやらしい狐塚の指。
唾液の所為でにゅるりと滑って、オカシイ。
なんで。
触られてるだけなのに。
無意識に膝をこすり合わせる。
高熱が出た時のような悪寒が、じんと脳まで浸透して、辛い。
「っいっ! ア、あ…………っ!!!!!!!!!!」
強い痛みにびくびくっと体が震えた。
我慢した尿意のような鈍い疼きが、下半身で渦巻く。
「あ……あ……!」
二の腕の内側。
脇のすぐ横。
柔らかい無防備な部分。
日焼けしていない真っ白なそこ。
狐塚の真っ白な歯が突き立てられている。
「や、っやら! ぃ……ひゃい……!」
涙の滲む目で必死に懇願すれば、嬉しそうに目を細める狐塚の歯牙から、スローモーションのようにゆっくりと開放される。
…………何で。
意味のない問いかけ。
ひり付く喉から零れ落ちることなく、オレの中を巡回する乾いた声。
何について、何で、と聞きたいのかすら自分でも分からない。
「あ……」
呆然とした意識が、じわりと知覚した独特の臭気と味に引き戻された。
力の入っていた顎を、ぎこちなく緩めていく。
思い切り噛み締めていたのは。
オレの口の中に入っていたのは。
「ごめ……」
ゆっくりとオレの口の中から引き抜かれた狐塚の指。
赤く染まった唾液の線が、ぷつり、と途切れた。