「
バケーション」
積乱雲とエアバッグ
蛙や虫の声の向こうに聞き慣れないエンジン音がした気がして顔を上げた。
じりじりと照りつける日差しに目を細める。
ぐにゃりと歪んだように感じる景色。
熱で溶けだしているんじゃないかと疑ってしまう。
ああ、やっぱり。
空耳かと思ったけれど確かに聞こえる。
軽トラでも耕運機でもないエンジン音。
こんな田舎には不似合いな、高級外車の走行音だ。
見つめる農道の向こう。
もやもやとした陽炎を纏った真っ黒な車が滑り寄って来た。
てらてらと光る車体。
思わず口笛を吹いてしまうほど綺麗だ。
真っ直ぐにこちらに向かって走ってくる車に、今更ながら慌て出す。
いやまさか。
……でも。
もしかしたら?
嫌な予感というのは大抵当たってしまうもので。
がしゃーん。
思ったよりは軽い音が青い空いっぱいに響いた。
「うわ……」
路肩に止めてあった軽トラに正面衝突して停止した外車の、その価値を考えて一瞬放心してしまう。
ああ、いかん。
頭をふってそのショックから何とか立ち直ると、軽トラと外車がキスする事故現場に長靴の足を踏み出した。
エアバッグに挟まれてもがいているお姫様を助けなくてはならない。
この不可思議な情景を見るのも、これで3度め。
そろそろ夏の風物詩の一つに数えた方が良いんじゃないだろうか。
「Hello 憲治。help me☆」
「……車運転するなって去年あれほど言ったのに、またかよ。ブレーキを知らねーのか」
「日本の道路が狭いんだもん」
「もんって……」
「それより、darling助けてよ」
「浩紀、怪我はないんだな?」
「うん」
この言い合いもその風物詩に加えて貰いたい。
それから頬を薔薇色に染めた浩紀の太陽に負けないくらい眩しい笑顔も。
俺の夏に不可欠なモノだから。