「
バケーション」
夏の甘い奸計
助手席のドアを開けて手を差し出すと浩紀の体が飛びついてきた。
突然のことに数歩よろけると、裕紀が楽しそうにくすくすと笑う。
「ねえ、憲治?」
その無邪気な様子に先程の態度はなんだったんだろうかと呆れていると、胸の中のキラキラした瞳が俺を見上げた。
「うん?」
「俺ね、そんなに馬鹿じゃないんだよね」
「うん」
馬鹿だなんて思っていない。
頷けば、きゅうっと目が細められた。
その様子は、さながら気高い猫のようだ
「それからね、結構腹黒いんだよね」
「……」
「会社だとwitchなんて影で呼ばれたりして。ふふ」
「……」
「嫌いになる?」
ニッコリと売春婦のように微笑む裕紀の、その手が俺のシャツをきゅっと握っていた。
「まさか」
嫌いになる訳がない。
魔女だって?
そんなの分かってるさ。
俺をこんなに虜にしているんだから。
「愛してる」
「Thanks. 俺も、愛してる」
お互いの唇が触れそうなほどに近づいて、愛を囁きあう。
抱き込んだ裕紀の低い体温に、俺の熱が移っていくのが分かる。
汗ばんで汚れた俺の体に、綺麗な体をこすり付ける裕紀の事が、愛しくて堪らない。
「俺ね、結構必死なんだよね」
「どこが」
「ふふっ。どうしたら憲治が俺にメロメロになるかって。企業戦略練るよりも、頭使ってるんだよ」
「はっ、もう十分夢中だっての」
べろりと白い首筋を舐める。
襟足を濡らすその汗の香りにすら興奮するのだから、終わってる。
「……まだ、だめ。まだ、足りない。」
まるで俺の心の内なんてお見通しだとでもいうような裕紀の笑顔に、ドキリとする。
お見通し、なんだろうか。
鮮烈な出会い。
衝撃的な再開。
短いけれども濃密な二人の時間。
この眩しい季節に裕紀は欠かせない。
だから。
「……車ぶつけるのは、もうしなくて大丈夫だから」
そう微笑めば、だめ、飽きちゃうでしょ? と、裕紀のぷーっと頬が膨らんだ。
……こんな特殊な存在を、飽きるだなんて、そんな芸当できるわけがないというのに。
膨らんだ白い頬を潰しながら笑う俺の声が大きく響いた。
Fin.
#→あとがきです