「
巳年のヒメハジメ」
01
人里離れた険しい山の頂に、神殿と呼ばれる石造りの堅牢な建物がある。
神殿という言葉から想像していたものとはかけ離れたその建物の前に、私は独り佇んでいた。
狩猟小屋……が霊場であるこの場所にある筈はない。
このこじんまりとした建物が目的の「神殿」に間違いなかろう。
いささか小さくはあるが「堅牢な石造り」ではある。
独り暮らしに広い屋敷は却って不便か。
勝手に納得をして、これから一年間を過ごす住まいの扉に手をかけた。
神の宿るこの地に住まい、一年の間そのお心をお慰めする、と言うのが私に課せられた勤めだ。
なにやら大層な事のように聞こえるが、単に神殿の守りである。
何か特別な事をするわけではなく、この神殿に住まう事、それだけの仕事。
退屈さえ凌げれば困難はない。
幸い私は孤独を好む質だし、一年くらいならばあっという間に過ぎるだろう。
この国では、その年の干支の一族が神事を執り行う。
とはいえ、神官の家系ではない一般人にとっては、祭りが多い年、人の出入りが多い年という認識しかない。
私もその一員でいられるはずだった。
寝物語か何かで曾祖母が神官の家の出だと聞いたことはある気がする。
しかし、これまで一切関わり合うことなどなく、そんな話などすっかり忘れていたくらいだ。
ところが今回、本家の人間に資格者がおらず、どうやって探し出したのか、私にお鉢が回ってきてしまった。
独身の成人男性、と言うごく簡単な資格を満たす者として。
良い年をしてふらふらと好きなように生きてきた私に断る術はない。
するすると準備は整えられ、大晦日の今朝、荷物と共に霊山の麓に置き去りにされてしまった。
どうせならば神殿まで運んでくれれば良いのに。
ここまで登る途中何度思ったかしれない。
大した高さの山ではないが、運動をし慣れない身には辛い。
禊ぎで3日間碌なものを口にしていないのも辛い。
頂に到着する頃には疲れ切ってしまっていた。
しかも、かなり寒い。
私の一族は、寒さが苦手だ。
早く建物に入って休みたかった。
「人だっ!」
「っだ……!」
扉を開くと共に、中から勢い良く飛び出したモノがぶつかって来て、私は地面に尻餅をついた。
かなり痛い。
そして尻が冷たい。
「人だー! 人だー! あぁ、もう、寂しくて寂しくて……死ぬかと思ったー」
尻餅をついた私に覆い被さるように抱きついた青年の体温が暖かい。
今ここにいると言うことは前任者の辰族だろう。
朧気に霞んでいく視界には、やたらと顔の良い青年のぐちゃぐちゃな泣き顔が映って、全てが消えた。