「
弱酸性のくせに」
オマケ@
小魚に群がる水鳥のような騒がしさの向こうから、俺に向けて静かなな視線が注がれている。
たかしだよね。
うーん、ものすごく見られてる。
やましいことは何一つないけれど、割と気難しい恋人の機嫌を損ねるのには十分だ。
終業間近。
トイレに向かう途中で総務課と秘書課と経理課のお姉さま方に捕まってしまった。
繁忙期明けの給料日、そして金曜日。
今夜空いてる? から始まった会話はとても一方的で、俺が口を挟む隙もなく三人の間で進行している。
困った。
今夜は先約がある。
なのに既にお店の選定にまで話が及んでしまって。
窮地だ。
彼女たちの機嫌を損ねるのは得策じゃない。
ねえ、窮地だよ?
王子様の助けはまだかなあ?
ちらりと熱視線の根源を見れば、ばっちりと目が合う。
その瞬間、釣り気味の少し小さな瞳がきっと細められて、細身の背中が俺に向けられた。
え、チョット。
見捨てるの?
まって、まってよ。
「たかしっ」
真っ直ぐ廊下を歩いていくプリティーなシルエットに耐えきれず声を上げる。
突然の大声にその場はミュート。
女性陣もたかしもぴたりと固まった。
「ごめん、先輩。先約あるんだ……またの機会を楽しみにしてます」
にこりと微笑んで包囲網を突破。
フォローは後日必ず。
面倒だけど仕方ない。
逃げるように足を早めた可愛い後頭部に駆け寄った。
「……烏賊」
むつりとしたままこちらを見ようともしないたかしが、カウンターの向こうにぼそりと言い放った。
烏賊。
そりゃ、烏賊だって美味しいけどさ。
「中トロ、ハマチ、穴子、あと、いくら」
「!」
好きだよね?
たかしが、ばっとこちらを向く。
あ、やっと目があった。
あれからずっとご機嫌斜めだったお姫様ににこりと笑いかければ、気まずそうに雀斑を撫でながら小さな瞳を揺らめかせた。
「ごめんね」
「べつに」
「お詫びなんだから、いっぱい食べてね」
「言われなくても」
先日の埋め合わせに値段のかかれていない寿司屋を指定してきたのはたかしなのに。
経理なんだから俺がどのくらい稼いでるか分かってるだろうに。
いざとなれば慎ましく気を使うたかしが愛しくて堪らない。
出てきた寿司を神妙な顔をして頬張るたまらなく可愛らしい様を、緩む口元を湯呑みで隠しながら見つめた。