「
痛い」
喉
舞台監督×駆け出し役者
寸止め両思い
エロスなし
--------------------
痛い。
喉が痛い。
じんじんと。
熱い。
だけど、決して不快な痛みではない。
マイボトルから常温のお茶を口に流し込む。
喉を通る液体が冷たくて気持ちが良い。
鳴り止まない拍手を遮る分厚い緞帳の内側も客席と同じように、いや、それ以上に盛り上がっていた。
千秋楽。
一ヶ月に渡る公演も今日で最後。
ヒール役とはいえ、まぐれの様に貰えた大役も今日でお終い。
興奮に沸く仲間の中で、僕はこっそりと寂しさを覚えていた。
……違う。
寂しいのはそんな理由じゃない。
彼の姿を目で探す。
その位置は直ぐに知れた。
仲間の輪の中心。
そこに彼はいた。
口々に話しかける仲間に柔和な笑顔で応える彼が愛しくてたまらない。
少し紅潮した頬や、きらきらと輝く瞳を見ているだけで、僕まで嬉しくなってくる。
突然、演出家が彼に抱きついた。
「あ……!」
思わずもれた声に、とっさに口に手を当てる。
傍にいた仲間がこちらを見たのに笑顔でごまかした。
「どうかした?」
「ん! ううん! 何でもないよ?」
プルプル首を振ると、笑われてしまう。
「はは! その化粧で素に戻るとすっごく違和感あるね」
「う〜ん? そうかな?」
歌舞伎の隈取のような化粧をされた僕は、悪役そのもの。
千秋楽の所為かいつもよりも力作だ。
「うん。普段の君はキュートだもの」
「ひええぇ?? キュート……かなあ?」
ぽんと手を背中に回されて畏まる。
同年代で芸暦も似たような彼とは、練習の合間に一緒に食事をしたり、世間話をしたり、この公演中に仲良くなった。
格好良いし、演技もうまい。
きっとこれから人気が出て、僕とは違う世界の人になるんだろうな、と思う。
「うん、実はね……」
口に手を添えて内緒話の格好をした彼に耳を寄せる。
「君……!」
手を捕まれて驚いて振り返ると、思いもしないその相手に目を見開いた。
僕が思いを寄せるその人が、直ぐ傍にいる。
有名な舞台監督の彼は、僕なんか恐れ多くて公演中、殆ど話すことはなかった。
ただ憧れるだけ。
直ぐ傍で見られる。
それがとても幸せだった。
その人が、僕の腕を掴んでいる。
信じられない……。
「ごめん、ちょっと良いかな?」
僕を通り越した向こう側に話しかける彼をぼうっと見つめる。
「どうぞどうぞ〜」
友人の声にはっと気がついて振り向くと、にやにやと笑顔で手を振られた。
無言の彼に腕を引かれるまま舞台袖に向かう。
突然振り返った彼にドキリとする間にくるりと袖幕に包まれた。
真っ暗で狭い空間の中、愛しい彼が真正面から僕を見つめる。
……僕の心臓は、先ほどの拍手に負けない位、大きな音を立てていた。
--------------------
ブカンのくせに袖幕を引っ張るとか有り得ないです。
その位余裕がなかったって事でしょうね。