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1.

 中学二年生でいられるのも残り僅かという或る冬の日、佐久間が右耳に穴を空けた。昔から自分の小さくて貧相な耳元が嫌いで、それが少しはましになるかと思ったからだと言う。しかし残念なことに、結局その穴はぽかんとひとつ間抜けな空間を作っただけで何の意味も為さなかった。佐久間の耳は相変わらず控えめなままである。自分でもそれが分かっているのか佐久間は決まり悪そうに物に当たった。それを一番に目撃して以来、傷だらけで放置された可哀想な無機物たちを片付けるのは自然と俺の仕事になった。そのせいで佐久間が誰かに責められるのは嫌だった。けれどもしその光景を最初に目撃したのが俺でなかったとしても、あいつ関連の厄介事なら放っておいたっていずれは俺に回ってきたような気がする。
 何か塞ぐものが欲しいと言われたので適当なシルバーピアスを買ってやったけれど、デザインが地味で気に入らないと言ってすぐに外されてしまった。


2.

 それからしばらくして、佐久間がピアスホールを拡張したと言ってきた。確かに穴は派手にやられていたが、耳元にはまだ拭いきれない寂しさが残っているように思える。けれども佐久間は今度こそ成功したと思い込んでいるようなので何も言えなかった。目の前でこいつが手首を切るのを無理矢理見せられているような気分だった。穴が広がったり毒々しいピアスが小さな耳を埋め尽くしていくにつれ、佐久間が部活に来ない日も増えていった。その姿がぎらぎらと虚勢を張るばかりのあの穴達と少しばかり似ていると思った。制服の内ポケットには、あの時すぐに外されてしまった質素なピアスが未だ眠っている。

 俺はお前のその小さい耳が好きだったのだとはとうとう伝えることが出来なかった。


3.

 佐久間が部活どころか学校にさえ姿を見せなくなって一ヶ月、俺はいよいよ心配になって電話をした。会いにいく勇気は到底無かった。けれど予想に反して呼び出し音は3コール目できっちり途切れ、佐久間の声を乗せた電波が受信される。自分から電話を掛けたくせにすっかり動揺してしまった俺がもたもたしていると、記憶にあるものよりも幾分落ち着いた声が鼓膜を揺らした。
『―――電話、嫌いじゃなかったっけ』
「…別に嫌いな訳じゃない、直接会った方が早いと思っているだけだ」
『あっそ』
「学校に来ないのか」
『おまえが来てほしいなら行くけど』
「ああ、来てほしい」
『………あ、は』
 佐久間が小さく笑ったのが携帯越しに分かる。まるで、笑うことが生まれて初めての経験であるかのようにぎこちない笑い声だった。佐久間の声のうしろには何も聞こえない。閉じこもっているのか。
『やっぱ今のなし。行かねえよ』
「佐久間」
『俺はもう寂しくない』
 金属と金属が擦れ合う音がして、佐久間が自分の耳に触れたのだと思った。それなら俺はもう必要ないのかと訊ねようとして、やめた。あまりにも馬鹿馬鹿しく、むなしい。脳裏にぼろぼろになった佐久間の耳元が浮かんだ。それにぶら下がる金属のかたまりたちは静かに彼に寄り添っている。だから彼はもう寂しくないのだと言う。人間ではなくただの無機物にぬくもりを求めるその姿が俺にはとても悲しくて腹立たしかった。気付けばいつの間にか電波は途切れていて、意味のない機械音が次々に耳へ飛び込んでくる。
 佐久間はきっとまた穴を増やすだろうが、俺はそれを塞ぐなにかにはなれないのだろうと思った。内ポケットのピアスに触れる。それは死人のように冷たく、凹凸のない鉄の塊だった。



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