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∴三年生くらい



「卒業したら、僕と金吾はきっと離ればなれだよね」
熱心に太刀を磨いでいた手が止まる。金吾の体つきは忍にしてはすこし頼りない印象があるが、剣士らしく手だけはやたらと武骨だった。そして、その手や指が器用に刀のうえを滑っていくのを見るのが僕にとって毎日のささやかな楽しみでもあったのだ。刃がみるみるうちに鋭くしなやかになっていく様子は、見ているだけでも随分と面白いものがあったから。
いつからか日課となったこの行為の最中、ほんの世間話のつもりでその言葉を口にした僕に金吾の表情がさっと曇る。あ、太刀緒が解けてる。踏みそうだよ。そう言っても金吾が動かないから、僕はそれをきちんと結んでやった。
「どうしてそんなこと言うんだよ」
「そんなことって?」
「離ればなれとかさ」
「本当のことじゃないか」
そうだけど、でも、と反論しようとするたびに金吾の声がちいさく、弱々しくなっていく。僕は待った。彼は抗議や討論があまり上手ではないのだ。そうしているうちに蝉の声がどんどんと大きくなって、日光にさらされた肌にじわりじわりと汗が滲んでいく。夏だなあとぼんやり思った。金吾は何も言わない。仕方なく口を開いた。
「大人になりたくはないの」
「、……それとこれと、何の関係があるの」
「大人になるのに、別れはつきものだってこと」
静かに寝かせられているこの太刀が僕を貫くことだってあるかもしれない。いま僕たちに燦燦と降り注ぐこの光が命取りになることだってあり得る。口に出さないだけで、この瞬間僕は僕自身のくたばり方が数えきれないほど思い浮かんだ。けれど不思議と悲しくもむなしくもなくて、それは目の前の彼が僕の代わりに泣きそうな顔で悲しんでいるからだと思う。
「……いやだ」
「金吾」
「いやだよ」
金吾はこらえるようにきつく閉じた双眸から涙をこぼした。涙は重力に逆らわず次々と流れて、足元の太刀にも落ちていく。その刃先と滴が太陽に照らされてきらりと光った。僕は彼のかたい手を握る。すると思ったよりもつよく握り返されて困ってしまう。けれどそれと同時にこんなにも必要とされていることがなんだかくすぐったくて、暑さにも構わず向かい合ったまま金吾の肩へ額を乗せた。声を抑えているからか、僕よりすこしだけ小さい身体は顫動していた。まるで、彼が全身で叫んでいるようだった。けれど、それでも僕は彼を肯定しなかったし僕自身を否定することもなかった。
じりじりじりじり。
「わかってよ」
金吾は何も言わない。
僕は、どうかそうなる前に彼だけは幸せにできるようにとひたすらに願った。

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