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「新妻くん、食べ方汚い」
そう嗜めると、カステラを牛乳に浸しながら(しかもほとんど原型がなくなるまで)食していた新妻くんはじっと俺を見つめた。
「何」
「雄二郎さん、お母さんみたいです」
「こんなに大きい子供はまだいらないな」
「そうです?」
新妻くんがすこし黙ってまた同じように食事を再開したので、その手から勢いよくコップを取り上げた。中の牛乳がゆらゆらと揺れる。そのたびにカステラの粕が浮いたり沈んだりして、とても見苦しい。「雄二郎さーん、返してくださーい」…彼だって多少の常識は弁えているが、ここで俺が許したら外でも同じことを繰り返すに違いなかった。新妻くんはそういう点においてまだまだ子どもなのだ。
「綺麗に食べないと新年会でも格好がつかないだろ」「別に格好つける必要ないと思いますケド」
新妻くんが不服そうに余ったカステラを齧る。やはりと言うべきか、食べたそばからその食べかすがぽろぽろと彼の胸と腹をすべり落ちていく。拾いなよと言っておきながら、やはり掃除をするのは俺だった。



それからはしばらく他愛のない話をして、気が付いたら真夜中だった。信じられないことに、その間新妻くんは一度もペンを握らなかったのだ。ひたすらに俺の話に耳を傾ける彼は、善良で純朴な青年だった。「天才」と呼ばれる「新妻エイジ」はどこにも見当たらない。いつもなら急ぎ足で駆け抜けてしまう時間さえ、彼が相槌を打ったり瞬きをするたびにゆるやかになっていくような気がした。
そして時計の短針と長針がちょうど重なるころ、新妻くんは唐突に俺の右肩へのしかかってきたのだった。「どうしたの」
「眠いから寝ます、おやすみなさいです」
「ちょっと新妻くん」
声を掛けた時にはもう既に規則正しい呼吸音が躰越しに伝わっていた。分かっている、一度こうなってしまうと彼は己の睡眠欲を満たすまで何をやっても目を醒まさない。それと同時に、新妻くんが俺の話を最後まで聞くためだけに無理やり瞼をこじ開けていたというのにも、気が付いた。
「……おやすみ」
いとしさに触れてみればやわらかな体温が跳ね返ってくる。ただその事実だけで、なぜだか無性に泣きたくなった。彼はいつまで此処にいてくれるのだろう。
俺はそれが叶わないことを知っていて、惨めにも彼へ不変を望んでいる。夜はまだ更けない。



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