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水分をたっぷりと含んだ鉛色の雲はあっという間に膨らんで、学園一帯に大粒の雨を降らせ始めた。狭く薄暗い倉庫の中はじめじめとした湿気で満ちて気持ち悪い。本音を言えば委員会の仕事なんてせずに今すぐ帰りたいくらいだ。それに加えて黙々と作業を進める食満先輩との間に流れる空気が重い。その原因は数日前の些細な口喧嘩にあった。どちらも謝罪をしていないから勿論会話は無い。こちらが仕事を頼んでいる以上黙って立ち去る訳にもいかず、ずっとこうして突っ立っているのだが相当気まずい。激しさを増すばかりの雨音と先輩が虫籠を繕う音だけが響いている。

(まだ降ってる)
綺麗に修繕された虫籠(余談だがそれを俺に手渡した時の先輩の顔は怖かったので見ていない)を抱えて倉庫の戸を開けると、一気に大きくなった雨音と湿気がふわりと入り込んできた。籠は濡らしたくないしどうしたものかと思案して、いまいち境界線のはっきりしない雲と雨をぼんやり見ていると隣に立つ気配がひとつ。
「帰らないのか」
「いえ、傘がないので」
「雨が止むまで待っている訳にもいかないだろう」
「そうですね」
「そうですね、って他人事だな」
言いながら、先輩は俺の横で傘を広げた。勿論、決して目が合うことは無かったけれども。俺も先輩もなかなかに面倒な性格をしていた。
「あんまり意味ないけどな、無いよりましだろ」


その言葉通り、俺の左半身と先輩の右半身は十歩も歩いたところで容赦なくずぶ濡れになった。けれど不思議と急ぐ気はせず、俺は自分より少し高い位置にある先輩の首から顎にかけてを偶に盗み見しながらゆっくりと歩く。春といえど湿った空気はまだまだ冷たくて、隣にある熱がそのなかにぽつりと浮かんでいるように感じた。
そうしているうちに六年生の長屋まで着いてしまった。すると急に先輩が立ち止まったので必然的に俺は傘から飛び出すかたちになってしまう(ちょうど屋根の下に出たからいいものの)。驚いて恐る恐る見た先輩の顔は何か考えているふうで首を傾げるほか無かった。ざあざあ、雨がすこし弱くなった気がする。
「謝る代わりにこれで許せ」
やっと発された言葉と同時に差し出された傘、そして困ったような表情をする先輩に俺は目をまるくした。その先輩らしくない子供みたいな行為に虫籠の縁を持つ手が少し固くなって、俺も子供みたいな声で一言「ごめんなさい」と小さく謝ったのだった。




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