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照美と風介



よれたシャツを乱暴に引っ張る。かたちのよい眉が苦しげに歪められたが、その意識が明るみへ戻ることはない。仕方なく強めの力で揺さぶると「う、ん」と抗議するような呻き声が上がった。
「おい、起きろ」
「んー……なに?」
「寝るなら風呂に入れ」
他人から見える場所には最大限に気を遣う癖にこういうところで大雑把なのだから堪らない。照美はのろのろと起き上がりかけたと思うとそれからまたすぐにソファーへ沈んだ。一瞬死んでいるのかと思うくらいに熟睡している。今度は手加減せずに寝返りを打った背中へ蹴りを入れた。


ようやく意識を抉じ開けた照美を風呂へ追いやる。彼はまだ不満そうに目元と背中を擦ったり揉んだりしていた。
「背骨が曲がったらどうするの」
「自業自得だろう」
踏み込んだ浴室にはやわらかな匂いが残っている。石鹸の匂いだ。照美は身体を洗うのにこの石鹸しか使わない。肌の健康にいい上質のものなのだと言う。私には他の石鹸との違いがまったく分からない。さらにシャンプーにも譲れないこだわりがあるらしいが、それもまた不可解だ。韓国代表のチームメイトとして知り合ってから間もない頃、私が同じ容器に他のシャンプーを詰め替えておいた時の怒りようは後日談としても笑えない。ハウルも真っ青である。
そんなくだらないことを考えているうちに、照美はさっさと入浴を始めてしまったようだった。何故風呂に入るだけでこんなにも労力が要るのだろう。寝室へ向かいかけた私の足を、タイルの壁に反射してぼやけた声が引き止める。風介、僕が出るまでここにいて。
「嫌がらせか?」
「違うよ。そういえば僕、今日あんまり風介と話してないなあと思って」
「おまえが眠っていたせいでな」
「ふふ、そうかもね。でもここで帰したら寝ちゃうでしょう」
「当然だ。私はもう寝る」
何を言い出すのかと苛々して踵を返す。すると、きいと音を立てて浴室のドアが開いた。しなやかな身体が湯煙を掻い潜って、すぐに私を捕える。全身を覆う照美の熱に身体がかっと熱くなって、閉じていた唇が驚きのあまり野放しになった。抵抗しようとした力が高い体温に溶かされて徐々に萎えていく。
「なん…」
「だめだよ。僕はまだまだ風介といたいんだから」
「…勝手だと思わないのか」
言いながら、口が回ることに安堵する。すると唐突に首筋に柔らかいものが押しつけられた。
「、」
「勝手だよ。でも、そんなふうに勝手な僕を選んだのはきみだ」
半裸の照美が身体のあちこちを撫でる。ちょっと待て、この手つきは、。
「……待て、やめろ」
「待ちきれないよ。だって風介」
僕と同じ、僕の大好きな匂いがするんだ。その言葉にとうとう耐えきれなくなって目を瞑ると、体温が触れ合ったところから急速に上がっていく気がした。迫りくる湿った指先に、私は静かに覚悟した。
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