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ヒートとレアン



泣いて泣いて泣いて、ひたすらに泣き続けて、唐突に解ったことがあった。私の身体中を埋める純粋な水が、この地球上では涙一粒にも満たないということ。それはつまり私の哀しみが世界にとって大したことがないということだ。それならば私が生きる意味というのは生きる上でもっとも不必要なものであるかもしれない。こんなにも苦しくて痛いのに、私は多くの人にその存在を認められていないらしい。
それを理解した瞬間に私を持ち上げたふわりと浮く感じは、私が私でないような気がした。原型を留めてもいない、意識すらない人型が私。じゃあ私は今どこにいて、何を話しているのだろう。
「レア、ン」
息をしているのは生きているからだと、生きたいからだと彼は言った。でもそれはあんたが私のことを無理にでも生かそうとしているからだ。私はもう未練なんてないし、ここにある富だけで十分。だって使いようがないもの。
私がいつも溺れたふりをするのはそれに気付いて貰いたいからなのよ。今日の今日こそ死んでやる。そう決意したら私は必ず宇宙に向かいさよならのキスをして、あとはただ安らかな終わりを待つことに決めていた。それなのに。涙一粒にも満たない涙を掻き分けて、無重力の中で浮上しまた沈んでいく私を生ぬるい腕が捉える。それでもまだ目を瞑ったままでいると、曇った音を拾い続けていた耳がぽかりと穴が開いたように静かになった。そして眩しさに痙攣する瞼を開けば、薄く濁る視界の中には決まって同じ彼がいる。
「ねえもうお願いよ、好きにさせて頂戴」
私の哀しみが涙一粒にも満たないから、それは一粒二粒と数を増していく。その事実を彼が解ってくれないから、また三粒と増えていった。
でも私が死ぬのは自分が寂しいから、辛いからとヒートは私の腕を離さない。じゃあ一緒に死んでよというのにそれも嫌だって言う。世界のすべてから排出されようとしている私を、彼だけが求める。彼だけが掬い上げる。そう思うたびに愛しさと情けなさがごちゃごちゃになって涙が出てしまう。どうして私と彼はこんなにも可哀想で、ずるいのだろうか。

この世界の涙一粒にも満たない場所で、涙一粒にも満たない存在の二人が、涙一粒にも満たない哀しみで、涙一粒にも満たない涙を流す。


/浮遊病

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