自分は獣人だ。これは確かな事で、間違いようも無い事である。
我等に仇なす凶暴な世界撲滅委員会を取っ捕まえて、報償金をたんまり貰って、実家の父ちゃんと母ちゃんに楽をさせてあげるという壮大な夢が、自分にはある。そのために世界救済委員会に入ったのだ。そこまでは良かった。
「なのに……」
だというのに。入会試験では良い成績を叩き出したと思ったのに。
「何で! 何で隊長が半人なんだよォオオ!」
配属された隊の隊長は、半人だった。
誰が好き好んで下等な人間の血が流れた奴の元で働きたいと思うのか。自分なら絶対御免だ。
「おい、五月蝿いぞ新入りー」
「……す、すみませんっ」
思いっきり叫んでから、ここは寮であった事を思い出す。田舎の、住んでいる地方からあまり出た事が無かったため、新しい環境にどうも慣れない。
話しかけてきたのは自分の先輩にあたる獣人で、なかなか優しそうな人だ。
「そんなの、隊長の耳に入ったらどうなるか分からないぞ。最悪、死刑……」
「えええぇぇ!?」
都会は怖い所だと聞いた事があるけれど、まさかここまで厳しいとは。まさか上司の悪口を言っただけで死刑になるとは思いもしなかった……!
さあっと顔を青ざめさせ、実家にどう言い訳しよう、そもそも死刑になったら言い訳も出来ないじゃないか、と考えていると、先輩は耐えかねたようにぷっ、と吹き出した。
「っははは! 安心しろ、死刑になるなんて有り得ないからな!」
「な……! 騙したんですかっ!?」
「新入りからかうと面白いからよぉ……。だが、滅多な事は口にするなよ。特に、隊長を貶す事は俺が許さん」
急に真面目な顔になった先輩に、思わず姿勢を正してしまう。
「あの、隊長って、半人ですよね?」
「あ? あぁ、そうだが?」
「何で半人を庇うんですか?」
「……お前、隊長とまだ会ってないのか?」
怪訝そうな顔を向けられる。不可解な質問に、首を傾げた。
「はぁ……まだですけど」
会っていないとはいえ、隊長の事は配属される時に貰った資料で知ってはいる。獣人と人間のハーフだが、優秀なため隊長に任命された異例の人物だとか何とか。
そうは言っても半人である事に変わりはない。自分よりも下等な生き物に決まっている。
あぁ、そんな事を考えていたらまた腹が立ってきた。
「それじゃあ、まぁ、仕方無いか」
「へ?」
「会えば分かるって事だよ」
意地の悪い光を瞳に宿らせ、先輩はにやり、と笑った。
「ま、こっちから行かなくても、多分もうすぐ……」
先輩がそう言ったすぐ後、コンコン、と扉を叩く音が聞こえた。
「失礼します」
「もう、ノックなんてしなくても良いと言っているじゃないですか」
「すみません、つい癖で……ん?」
入ってきたのは、すごく美人な獣人だった。ぼうっと見つめていると、その人の視線がこちらに向いた。
ああ、どうしよう。こんな時どうしたら良いんだ。
横から見た顔でさえも見とれてしまうくらいなのに、そんな人に正面から覗き込まれたら……!
「あぁ! 新入りさんですか。初めまして、ナジャ・グレフと言います」
「あ、う、ど、どうも……」
差し出された手を条件反射で握る。あああ、どうしよう触ってしまった。どうしよう。
「あ、これ差し入れです。もし良かったら召し上がって下さい」
少しの間握っていた手は、すぐに離れていってしまう。手に残る温もりが寂しい。
ナジャ、と名乗ったその人が差し出したのは、何やら良い香りの漂うバスケット。
「いつもすみません」
「いえ、うっかり作りすぎただけですから。今日はクッキーを作ってみました」
釣られるように中を覗き込めば、成る程、そこには美味しそうなクッキー達が食え! と言わんばかりに良い匂いを漂わせていた。
「では、仕事が残っているので」
「はい、ありがとうございました」
にこり、と微笑み、ナジャはこちらに向けて軽く手を振った。それに半ば放心気味になりながら手を振る事で返す。
ぱたん、と扉が閉まる音で、ようやく現実に戻ってきた。
「う、わぁ、美人でしたね! やっぱり都会は凄いなぁっ。手! 手触っちゃいましたよっ、どうしましょう! 先輩はあの人と知り合いなんですか!? あぁ〜クッキーも美味しそうですね、早く食べましょうよっ!」
「落ち着け落ち着け。――あの人、気に入ったか?」
「え? そりゃああんなに美人で料理も出来て性格も良かったら気に入らない方が可笑しいでしょう!」
「はっはっは! そりゃあ良かった!」
先輩はクッキーを一つ口に放り込み、こちらの口にもクッキーを押し込んだ。
「隊長も喜ぶだろう」
「………………」
暫く首を傾げていたが、頭の中に少し前に読んだ資料の内容が急激に蘇ってきた。





隊長:ナジャ・グレフ
獣人と人間のハーフ。しかし、その優秀な能力を認め――





「……あれ?」
口の中に微かにチョコレートの味が広がった。





2008.09.12
2010.08.10 再up


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