「あ」
偶然とは恐ろしいものである。
それに出会してしまう事は予測がつけられないし、予測がつけられなければ当然回避も出来ない。と、するのならそれは必然なのかと言えばそういう訳でもない。
キリエは困惑する頭をフル回転させ、現状を把握しようとした。
買い物かご片手に野菜を吟味するようにじぃっと眺めている青年は、紛れもなく知り合い、と言うのは憚られるが、敵対勢力に所属している人物だ。
「世界救済委員会の……」
「ん?」
うっかり声に出してしまえば、もう遅い。耳の良い青年は周りの雑音の中からそれを正確に聞き取ってしまった。
眼鏡の奥の、澄んだ紅の瞳が人違いでは無い事を物語っている。こちらを真っ直ぐに見つめてくるのは、ナジャ・グレフ、その人である。
「世界撲滅委員会……」
「っ、あ、え、人違いですよぉ、人違い! 僕はほら、獣人ですしっ!?」
獣人になりますため頭部に付けている付け耳を、ほらほらと強調するように指し示した。ぎこちない笑顔のおまけ付きだ。キリエのその行動に一瞬面食らったように目を丸くしていたナジャであったが、すぐ後にはキリエから顔を背け、口元を抑えながら肩を震わせていた。
「っく、ふふ……、残念ながら、今は仕事中では無いんですよ」
「え」
「買い出しです」
ナジャは持っていた買い物かごを示した。キリエはぽかん、とそれを見る。
世界救済委員会の、自分達をよく追い詰めるこの人が……お買い物?
似合わない筈なのに何故かしっくりくる買い物かごとナジャの組み合わせに、キリエも少し笑ってしまった。
「僕も買い出しに来たんですよ。チラシによれば今日は野菜が安いみたいだし」
「私もです。ついつい、半額という文字に惹かれてしまって……」
「あ、分かりますそれ」
談笑ながらも、野菜を見る二人の目は真剣そのものだ。
「うわぁ、美味しそうな胡瓜」
「本当ですね。今日はサラダにでもしましょうかねぇ」
「良いですねー」
にこにこと笑い合い、キリエとナジャはそれぞれトマトやレタスなど、サラダに使う野菜を手に取っていく。
「あれ……このレタス、ちょっと痛んじゃってるみたいですけど……」
「あはは、良いんですよ。ちょっと使うので」
ナジャは底の見えない笑顔を浮かべた。
キリエは首を傾げたが、ナジャの真意は会計の時に知ることになる。





「すみません」
「ん、兄ちゃん、お会計かい」
「はい。それで、これなんですが」
差し出したのは問題のレタス。少し傷んでおり、一部変色している。
「これ、少し傷んでますね」
「どれ……あー、まぁ、気にならねぇレベルだろ」
「これで、この値段というのは聊か疑問ですが」
「何が、言いてぇのかな」
ナジャは、それはそれは綺麗な笑顔で言い放った。


「もう少し安くなりませんか」


「………値下げ交渉……」
使う、と言ったナジャの笑顔がキリエの脳裏に蘇る。

「145、これでどうだ」
「高いですね」
「143」
「もう一声」
「……140」
「まだ下がりますよね」
「135! これ以上はまけらんねぇぞ!」
「130なら買いましょう」
「……ちっ、持ってけ泥棒!」
「ありがとうございます」
見事値下げ交渉に勝利したナジャは、満足だと言わんばかりである。
キリエも会計を済ませ(値下げ交渉はしていない)、ナジャを追いかけた。
「あんなに値下げして貰えるなんて凄いですね」
「食費は経費で落ちませんからね」
ナジャはうんざりしたように溜め息をつく。どことなく哀愁を漂わせているのは何故だろうか。
「いつも買い出しに来るのはナジャさんなんですか? 何か手慣れてるみたいでしたけど」
「リ・アに料理が出来ると思いますか……?」
「え? ……あは、は」
「確かあなたは料理人でしたね」
「そうですけど……何で知ってるんですか?」
「敵の事は出来る限り知るようにしていますから」
「そうなんですかー」
「あ、私はここで」
大きな石像の前でナジャは立ち止まる。どうやらここが待ち合わせ場所のようだ。
「そうですか、じゃ、また」
「次に会うときは敵同士ですよ?」
「あ、そっか……」
「容赦はしません」
「こっちだって、全力で逃げさせて貰います」
睨み合い、しかし一瞬後には二人とも吹き出し、笑いながら別れた。そんなある日の出来事。




↓おまけ(?)


「……キリエ」
「ん〜?」
「なんでそんなに上機嫌なのよ」
「なんでも無いよ〜」
「……気味が悪いクマ」
ひたすら上機嫌なキリエに引き気味の二人であった。



「ナジャ」
「なんですか?」
「今日はサラダですの?」
「たまには野菜も摂らないと。ほら、胡瓜をよけないで下さい」
「こんなもの食べられませんわ!」
「好き嫌いはいけませんよ」
お母さんと我が侭娘。



2008.08.28
2010.08.10 再up


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