「はぁ……」
青空を見てため息ひとつ。戦火渦巻くこの時代には似つかわしくない服装の少女は、心ここにあらずといった風に縁側に座り、猫じゃらしをゆらゆらと振っていた。
それを追って二、三匹の仔猫がじゃれつく。この城の主が拾ってきた仔猫たちは、一向にかさねになつく気配を見せなかったが、最近は猫じゃらしを持った時だけ寄ってくるようになった。
これはなつかれているのか? と疑問に思いながらも猫じゃらしを動かす。
猫と戯れれば、思い出すのは城の主。日本史嫌い、という子どもたちでさえその名を知る超有名人。戦国大名、織田信長その人である。
そして、かさねの欲求の原因でもあった。
かさねにとって彼は正に生きた伝説。歴史を学ぶ上でしか接触が無かった筈の人物がすぐ近くに居る。
加えて間近で見たその強さ。片手で火縄銃を扱うその姿には優美ささえ感じられた。

「んー……取り敢えず」

猫じゃらしを、人差し指を立てるようにピンと持ち上げた。仔猫たちは不満そうにしながら各々去っていく。が、かさねはそれを気にする事はなかった。
「頼んでみようかな!」

信長と一度でいいから手合わせをしたい。その欲求を満たすために。







都合よく、といった具合に、かさねが信長を探しに行こうとしたその時、向こうから丁度本人がやって来た。一人ではなく、内蔵助を伴ってはいたが。
内蔵助は信長と居たためか先程まではかなりの上機嫌だったというのに、かさねを見ると急に不愉快だというように少し眉を吊り上げた。だが、そんな事はかさねにとってほんの些細なことであり、気にするに値しないものだった。
用があるのは信長だけなのである。かさねはその鋭い眼光に少々怯みつつ、頼みがありますと切り出した。
「手合わせを、お願い出来ますか」
「ハッ、小娘が何を……」
「良いだろう」
「えぇっ、殿!?」
殿はお忙しいんだ、と続けようとした内蔵助であるが、傍らからの快い返事に間抜けな声を出してしまう。信長はいつも変わらぬ表情の上に微かに笑みを乗せていた。
「今からでも一向に構わないが、どうする」
「えっ、じゃ、じゃあ是非よろしくお願いしますっ!」
信長はこう見えて忙しい人だ。また次の機会なんて待っていたら本当にいつになるか分からない。
思わぬ信長の申し出に、かさねは笑みが全面に広がっていくのを止められなかった。止める気も、無かった。






城内の庭は広く、そして美しかった。
池には鯉が悠々と泳いでおり、池の近くに立つ岩の上では子猫達が昼寝をしているのが見てとれる。
戦国の世だということを忘れそうになるくらい長閑な風景である。
そんな中、対峙する二人と不機嫌な観戦者が一人。
かさねはちょんちょんと信長に手渡された自分のエモノをつつく。
「なんで、真剣なんでしょうか……」
「本気になれるだろう?」
信長は悪戯っ子のような瞳で笑った。
ああ、これは説得のしようがないな、とかさねは苦笑せざるを得なかった。
二人は間を取り、構える。
「草薙かさね、全力で……参る!」
言うと同時に一気に踏み込み懐に入る。
刀は既に鞘から抜かれていた。白刃が光る。
(もらった!)
未だ刀を抜かず、それどころか動いてすらいない。そんな信長に、かさねは勝ちを確信した。
低姿勢のまま、下から上へと切り上げる。
「甘いな」
声は後ろから。首筋に冷たい何かが触れた。信長の持つ刀だ。
かさねが刀を振るった先には、何も無い。急ぎそこから飛び退き、再び構える。頬を冷たい汗が流れた。
(強い……やっぱり、強い!)
刀を握る手に力が入る。
前に立つ信長からは何の動きも感じられない。しかしそれが逆に不気味だ。
信長は手加減をしている筈である。本気だったら瞬殺されていただろう。それなら、手加減してくれているのならもしかしたら勝てるかもしれない、という微かな希望はかさねの中から完全に霧消した。心臓が早鐘を打つ。
信長の動きは正に臨機応変。構えが無いからこそどんな攻撃にも対処出来るのだ。そして、信長がどのような動きで攻めてくるのかも察しがつかない。
ぞくりと恐怖を覚えた。しかし、かさねはそれ以上に尊敬の眼差しで信長を見た。



(存外、速いな)
信長は内心、驚いていた。
使える、とは思っていたがまさかこれほどとは。
一太刀一太刀の重さはそれほどではない。もちろん、女だからという理由はあるのかもしれないが、経験不足というのが大きな要因なのだろう。
最初に見た時、かさねの動きは型にはまった、形式的な部分が見受けられた。
しかし、数度の戦を経験する度にその動きは次第に実践的なものになっていったし、速さも増した。キレもある。
更に危険を感知する能力にも長けている。
小手調べにと、死角から軽く打ち込んだが、軽く、全く危なげなくその刃を受け止めてみせたのだ。

――面白い。

実に面白い、愉快だ。
信長は、笑った。しかし、それは無表情の仮面の下に隠れていた。





この後、いつまでも交戦を続ける信長とかさねに焦れた内蔵助が二人の間に乱入するのだが、それはまた別のお話。





2009.07.27
2010.12.06 再up


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