「どうしたんですか、そんな濃い顔して?」
「顔は生まれつきだ!」
廊下を掃除していたら、向こうから濃い顔が走ってきた。



* 城内昼飯事情



「殿を探しているのだっ!」
「はぁ……」
「見付けたら知らせろ」
深い溜め息を吐いて、濃い顔をそのままに「殿ー!」と叫びながら走り去る林には、鬼気迫るものがあった。
どことなくやつれた顔が哀愁を誘う。
「……何か、探してるみたいでしたけど」
林の叫び声が木霊する廊下を見ながら背後に話し掛けた。
案の定、壁の仕掛けから探し人がするりと出てくる。流れるような動作から、隠れ慣れている事が嫌でも分かる。
少し前にその仕掛けの存在を教えられたが、精巧な作りで教えられなければ本当に気付かないようなものだった。どんでん返しの様になっているらしいが、詳しい事は分からない。
一度、好奇心に勝てず入ろうとして猫や犬の襲撃に遭った過去がかさねの脳内に蘇る。
ちなみにこの仕掛けは城全体にあるらしい。
「あいつらは頭が堅い」
ぼさぼさな頭をかきながら、こちらもこちらで溜め息を吐く。
非常に嫌そうな顔をしているが、かさねにとってそんな事はどうでもよかった。ついでに言うと、彼の両腕に抱かれた大量の猫や、足元にすり寄っている犬達もどうでもよかった。


「……何で女装してるんですか……?」


信長が身に纏っている着物は、質素な物だか間違いなく女物である。これは流石に「間違えて着ちゃった」というのは考えられない。
いつもと違うのは衣類のみで、化粧等はしていないため女装とは違うかもしれないのだが、かさねの目には「女装」として捉えられた。
「町に行く」
「それと女装とどういった関係が」
そして殿様ともあろうお方が何故町に?
信長は不機嫌そうに一瞥をくれた。答えるのが相当面倒らしい。
「飯を食いに行くからな。バレたら面倒なことになる。変装だ。まさかおれが女の格好をしているとは思うまい」
「私も思いませんでした、というか思いたくありませんでした」
「そうか、それは良い事を聞いた。今度からもこれでいこう」
バレないと確信したのか信長は機嫌を直し、不敵な笑顔で動物達を引き連れて町へ向かおうとする。

「失礼ですが殿」

音もなく現れた五郎左にかさねはびくりとするが、信長は特に驚いた様子もなく、なんだ、と返す。
「財布を持たねば飲食はできません」
女装についてのツッコミは無しか。
かさねがどうしても気になる点には特に触れず、五郎左は幾ら入っているのか聞きたくなるくらいに重たそうな財布を懐から取り出した。
信長はそれを当然のように受け取る。
「とのー、飯? 俺も行きたいっ!」
「な……ッ! 馬鹿犬が行くなら俺も連れて行って貰えませんか!?」
「あなたたちは駄目ですよ」
こちらもまた(音もなく、ではないが)突然現れた犬千代と内蔵助。
付いていこうとする二人を五郎左は笑顔を浮かべつつ制した。
「まだ仕事が残っています」
「帰ってきてからやるからー!」
「そう言って、いつも後回しにして……三ヶ月分溜め込んだのは誰ですか」
「…………俺です」
「内蔵助もですよ。働かねば、迷惑するのは民です。あぁ、殿、町に行くにつき条件があります」
「……何だ」
「毎回言っている事ですが。その動物達は置いていって下さい」
「…………」
「あともうひとつ」


「かさね殿も連れて行く事」



それができないのなら外出は認めません、とにっこり笑った五郎左に勝てる者など居ないのではないかと思った、そんな昼時の出来事。





2008.04.20
2010.12.06 再up


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