彼に対する第一印象は、敢えて一言で言い表すとすれば「ばかな子」だった。

初対面の人に向かってなんとも失礼な事であるが、声にも態度にも出さなかったので、そこはまぁ許して欲しい。しかし、誰かに呼ばれた気がして、とただそれだけの理由でここまで来てしまった自分も馬鹿だが、こんなに暗くて居心地の悪い牢の中でのほほんと、家にでも居るかのようにリラックスして過ごしていた彼もどうなのだろう。
この子はばかか? と思っても仕方がないのではないだろうか。
妙な脱力感に襲われながらも、都合よく持っていたちょっとかぎマシーンを使って牢を脱出した。脱出は出来たものの、このメンバーで大丈夫なのだろうかと不安になってしまう。
一人は頭がお花畑な少年。もう一人は少女。
懐の武器に触れて、はぁ、とため息。自分だって弱い。
周りにはお化けがうようよしている。お化けに遭遇しないルートを選んではいるが、数が多すぎる。いつ遭遇してもおかしくない状況だ。
だというのに。
「今日のお昼はどうする?」
「目玉焼きかなぁ」
「昨日も目玉焼きだったじゃない!ねぇ、ジェフ。あなたは何が良い?」
「……なんでも」
頭が痛くなってきた……。
なんでこんなに能天気なんだ。お昼まで生き残れるのかも謎だというのに。
お化けを避けているのが自分だけで、切なくなってくる。そもそもお化けなんて、最初から居なかったかのような気さえしてきた。
目玉焼きにはソースだ、と少女が主張している。いや、目玉焼きには醤油だろう。醤油以外は認めないぞ。あれ、何を考えていたんだっけ。

「っ、危ない!」

切迫した声。

え、と抱えていた頭を上げると目の前ではお化けが爪を高く振り上げている。
反撃を、いや、間に合わない。武器を取り出している間はない。ああ、こんな所で死ぬのか。短い人生だった。せめて布団の上で死にたかったな。
思考だけは妙に冷静で、動かない体とは正反対だった。
死を覚悟した、その瞬間、甲高い悲鳴が辺りに響いた。自分のものではない。覚悟した痛みも襲ってこない。
「大丈夫?」
「え……」
「怪我してない、みたいだね。良かった。一応ライフアップかけとくね」
ただただ、瞠目する他なかった。
これが、さっきまでぽわぽわした雰囲気を漂わせていた少年だろうか――?
バットを握ったその姿は明らかに戦い慣れしていた。呼吸ひとつ乱していない。少年の手と己の身体がゆるく発光し、知らないうちにしていたらしい緊張が解れていく。気付けば周りには薄くシールドのようなものが張られていた。それは少女が張ったものらしかった。
「もう」
少女はきっ、と眼光を鋭くする。視線の先にいた少年は体を強ばらせた。
「弛んでるわ、反応が遅いじゃない」
「ご、ごめん……、目玉焼きの事考えてたら」
「だから、今日は目玉焼きにしないってば!」
「じゃあ卵焼き?」
「卵料理から離れなさい!」
下らない言い争いは、じめじめした地下にはなんとも似つかわしくなかった。
だが、最初に感じていた不安は霧が晴れるように消えていく。ああ、この子達となら「何か」を成し遂げられそうな気がする。
「あぁもう、ちょっと黙ってて。ね、ジェフ、何が食べたい?」
「僕は目玉焼きが食べたいな」
出来たら、醤油でね。




2009.03.27
2010.08.10 再up


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